なことは人間の性質としてはないことだよ。その男がほしがっていると君の言ったのはチーズだったかね?」
「ええ、チーズです。」と私は答えた。
「じゃあ、ジム、」と彼は言った。「食物にやかましいとどんないいことになるか見て御覧。君は私の嗅煙草《かぎたばこ》入れを見たことがあるだろうね? で君は私が嗅煙草を取り出すのは一度も見たことがないだろう。その訳はこうだ、あの嗅煙草入れの中にはパルマ・チーズ(註六四)が入れてあるのさ、――イタリーで出来たチーズで、すこぶる滋養のある奴だ。そこで、あれをベン・ガンにくれてやるとしよう!」
 夕食を食べる前に私たちはトム爺さんを砂の中に埋葬して、帽子を脱いだまま風に吹かれて暫くの間その周りに立っていた。薪はずいぶんたくさん取って来てあったが、船長の気に入るほどではなかった。彼は頭を振って、私たちに「明日《あす》はもっと元気を出して取って来なくっちゃいけません。」と言った。それから、みんなが豚肉を食べ、一人一人がかなり強いブランディーを一杯ずつ飲んでしまうと、三人の頭株は一隅に集って、これから先のことを相談した。
 三人はどうしたらいいか途方に暮れている様子だった。糧食がごく乏しいので、救助の来るずっと前に私たちは飢餓に迫られて降服するより他しようがなかったからである。しかし、私たちの最上の望みは、海賊どもをどしどし殺して、彼等が旗を曳き下して降参するか、ヒスパニオーラ号に乗って逃げ出すまでやっつけることだ、ということに決定した。彼等はすでに最初の十九人から十五人に減っていたし、その他に二人が負傷しているし、少くとも一人――あの大砲のそばで撃たれた男――は、よし死んでいないにしても、重傷を負うていた。私たちは彼等にずどんとやってやる度毎に、自分たち自身の命を落さずに、極度の注意をしてやらなければならない訳だった。そして、この他に、私たちには二つの有力な味方があった。――ラムと風土とである。
 ラムについて言えば、私たちは約半マイルも離れていたのに、彼等が夜遅くまで喚いたり歌ったりしているのが聞えるくらいであった。また風土の方について言えば、彼等は沼地に野営していて、医薬の用意もないので、一週間とたたぬうちに半分の者は病気に罹って寝込むだろう、と先生はその仮髪《かつら》を賭けて断言した。
「そういう訳で、」と彼は言い足した。「もし我々がみんな先に撃ち倒されなければ、あいつらは喜んであのスクーナー船でこそこそ逃げて行ってしまうでしょうよ。奴らのほしいのはいつでも船で、船さえあればまた海賊を始められるんですからな。」
「私はまた船をなくしたのは今度が初めてで。」とスモレット船長が言った。
 諸君も想像される通り、私はへとへとに疲れていた。そして、何遍も何遍も寝返りうつまでは寝つかれなかったが、寝ついてしまうと、丸太のようにぐっすりと眠った。
 他の人たちがとっくに起きていて、もう朝食をすませて、薪の山を前日の一倍半ばかりもたくさんにした頃に、私はどさくさする物音と人の声とで目を覚した。
「休戦旗だ!」とだれかが言うのが私に聞えた。それから、すぐ後に、驚いたような叫び声と共に、「シルヴァーが自分で来たぞ!」と聞えた。
 それを聞くと、私は跳ね起きて、眼を擦《こす》りながら、壁の銃眼のところへ走って行った。

     第二十章 シルヴァーの使命

 果して、柵壁のすぐ外側に二人の男がいて、一人は白い布片を振っており、もう一人はまさしくシルヴァーで、そのそばに落着き払って立っていた。
 まだごく早くて、私が戸外で感じた一番寒い朝だったように思う。寒気は骨の髄までも滲み徹った。空は晴れわたって頭上には一片の雲もなく、樹々の頂は太陽に照されて薔薇色に輝いていた。しかしシルヴァーが彼の副官と共に立っている処では、すべてがまだ影の中にあって、彼等は、夜の間に沼沢地から這い上った低い白い靄《もや》に、深く膝のところにまでも浸されていた。この寒気と靄とを合せて考えると、この島の有難くない処であることがわかった。それは、明かに、湿気のひどい、熱病に罹り易い、不健康な場所であった。
「諸君、屋内《なか》にいるんだ。」と船長が言った。「九分九厘までこれは策略ですから。」
 それから彼はかの海賊に声をかけた。
「だれだ? 止れ。でないと撃つぞ。」
「休戦旗ですぜ。」とシルヴァーが叫んだ。
 船長はポーチにいて、用心深く騙《だま》し撃《う》ちをやられても中《あた》らぬところにいるようにしていた。彼は振り向いて私たちに言った。――
「先生の組は見張りに就《つ》け。リヴジー先生はどうか北側にいて下さい。ジムは東側。グレーは西。非番の組、全員銃に装填せよ。諸君、元気よく、注意探く。」
 それから再び彼は謀叛人たちの方へ振り向いた。
「で、そんな休戦旗を持って来て何の用があるんだ?」と彼は呶鳴《どな》った。
 今度は、返事をしたのはもう一人の男だった。
「シルヴァー船長《せんちょ》が話を纏めにお出でなすったんで。」とその男が叫んだ。
「シルヴァー船長《せんちょ》だと! そんな人は知らんな。だれのことだい?」と船長は大声で言った。そして独り言のようにこう言い足すのが私たちに聞えた。「船長だって? おやおや、驚いたな。えらい御出世だ!」
 のっぽのジョンは自分で答えた。
「わっしのことでさあ。あんたが脱走なすってから、この若《わけ》え奴らがわっしを船長《せんちょ》に選んだのでさ。」――と「脱走」という言葉に特に力を入れた。「わっしらは、もし折合いせえつくものなら、喜んで降参しますよ、ぐずぐず言わずにすぐさまね。わっしの聞かして貰《もれ》えてえのは、スモレット船長、わっしをこの柵の外へ無事に出させて、鉄砲を撃たねえ前に弾丸《たま》の届かねえとこへゆくまで一分ほど待ってくれる、てえあんたの約束ですよ。」
「おい、」とスモレット船長が言った。「己《おれ》は貴様に口を利きたいとはちっとも思っちゃおらん。もし貴様の方で己に口が利きたいなら、来たっていい。それだけのことさ。不信義なことをするとなれぁ、それは貴様の方だろうよ。そんなことをすれぁ有難い目に遭うぜ。」
「それで十分ですよ、船長。」とのっぽのジョンは機嫌よく叫んだ。「あんたから一|言《こと》約束の言葉を聞けば十分ですよ。わっしは紳士ってものを知ってますからなあ、間違えなくね。」
 休戦旗を持っている男がシルヴァーを制止しようとするのが見えた。また、船長の返事がいかにも横柄なのを聞けば、これは不思議ではなかった。しかし、シルヴァーは声を立ててその男を笑い、そんなにびくびくするなんて馬鹿げているよとでもいうように、その男の背中をぽんと叩いた。それから柵壁まで進んで、※[#「木+裃のつくり」、第3水準1−85−66]杖をその上から投げ込み、片脚を上げると、非常に勢よく上手に柵を乗り越して無事に内側へひらりと下りた。
 白状するが、私はこういう有様にすっかり気を取られてしまって、歩哨の役目などはちっともやりはしなかった。実際、私はもう自分の東側の銃眼を離れて、船長の背後までこっそり行っていたのである。船長はその時は閾《しきい》の上に腰を掛けて、膝の上に肱《ひじ》をつき、両手で頭を支えながら、砂の中の古い鉄の釜からぶくぶくと湧いている水をじっと見ていた。彼は「いざ、乙女《おとめ》よ、若人《わこうど》よ。(註六五)」と口笛を吹いていた。
 シルヴァーは丘を登って来るのに恐しく骨を折った。傾斜は嶮《けわ》しいし、木の切株はたくさんあるし、砂地は柔かいと来ているので、※[#「木+裃のつくり」、第3水準1−85−66]杖を持った彼は方向を換えようとしている帆船のように体が自由に利かないのであった。しかし彼は黙々として男らしくそれをやり通し、とうとう船長の前まで来て、見事な態度で船長に挨拶した。彼は晴着を着飾っていた。真鍮のボタンのたくさんついている素敵に大きな青色の上衣は膝まで垂れており、綺麗なモールで飾った帽子は阿弥陀に頭にのっかっていた。
「おお、来たな。」と船長は顔を上げながら言った。「坐ったがよかろう。」
「内へ入れてくれねえんですかい、船長?」とのっぽのジョンは不平を言った。「ほんとに、えらく寒い朝だから、外の砂の上に坐るなんてつれえですねえ。」
「そうさなあ、シルヴァー、」と船長が言った。「もし貴様が実直にさえしていたなら、今頃は船の炊事室に坐っていられたんだろうがな。それは自業自得さ。お前は、己の船の料理番《コック》であるか、――それなら立派な待遇を受けるんだが、――それとも、くだらん謀叛人で海賊のシルヴァー船長であるかだ。その方なら絞首《しめくび》になるがいいや!」
「ようがす、ようがす、船長。」と船の料理番《コック》は、命ぜられた通り砂地に腰を下しながら、答えた。「あんたは後でまたわっしに手を貸して立たしてくれなくちゃならんでしょうからな。それだけのことでさ。これぁなかなか気持のいい立派な処《とこ》にお出でですなあ。やあ、ジムがいるね! お早う、ジム。先生、御機嫌よう。これはこれは、皆さん方《がた》は言わば仕合せな一家族みてえに御一緒にお出ででごぜえますな。」
「おい、何か言うことがあるなら、言った方がいいぜ。」と船長が言った。
「御もっともで、スモレット船長。」とシルヴァーが答えた。「いかにも、義務は義務ですからね。じゃあ、申しますがね、昨晩《ゆうべ》のあれはあんた方はうめえことをおやんなすったもんですなあ。確かに、うめえことでしたよ。それぁわっしも隠しやしません。あんた方の中にゃ木挺を[#「木挺を」はママ]ずいぶ器用に使う人がいるんですねえ。で、隠しやしませんが、そりゃあわっしの手下ん中にゃびくついた奴もいましたよ。――いや、みんながびくついたかも知れねえ。そういうわっしだってびくついたかも知れねえ。そのためにわっしがこうして折合いをつけにやって来たんかも知れませんよ。だがね、いいですかい、船長、二度とああはゆきませんぜ、畜生! わっしらの方も歩哨を立てますし、ラムもちったぁ控えることにしますからな。あんた方はわっしらがみんなほろ酔い加減だったと思ってるかも知れねえ。だが、わっしは確かに素面《しらふ》でしたぜ。ただえらく疲れてただけでさ。わっしがもうちょっとだけ早く目が覚めせえしたら、その場であんた方を掴めえたんですがねえ。掴めえましたとも。わっしがあの男んとこへ行って見た時にゃ、あの男はまだ死んでやしませんでしたからね、まだね。」
「それで?」とスモレット船長はこの上なく冷静に言った。
 シルヴァーの言ったことはすべて船長には謎のようでまるでわからなかったが、船長はそんな口振りは少しも示さなかった。私はと言えば、薄々わかりかけて来た。ベン・ガンが最後に言った言葉が頭に思い浮んだのだ。私は、海賊どもがみんな焚火の周りに酔っ払って寝ている間にあのベン・ガンが奴らを見舞ったのだろうと思い始め、私たちの相手にする敵がたった十四人になったと数えて喜んだ。
「それで、こういう訳ですよ。」とシルヴァーが言った。「わっしらはあの宝がほしいし、またどうあっても手に入れるつもりだ、――それがわっしの方の目的ですよ! あんた方はむしろただ命《いのち》が助かりたいんでしょう。それがあんた方の方の目的でさあね。あんたは海図を持っていなさるね?」
「それはそうかも知れん。」と船長が返事した。
「おお、なあに、持ってなさるよ。それぁわっしにゃわかってますさ。」とのっぽのジョンが答えた。「そんなに人に素気《そっけ》なくなさるこたぁありませんや。そんなことをしたって何の役にも立たねえんですから。そいつぁ間違えっこなしでさ。わっしの言いてえのは、わっしらはあんたの海図がほしいってことだ。でねえ、あんた方に害をしようってつもりはちっともねえんでさあ――わっしはね。」
「それは駄目だぜ、おい。」と船長が口を挿んだ。「貴様らがやろうとしていたことは己たちにはちゃんとわかっているし、己たちの方は平気だ。なぜって、貴様
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