らはもうそれが出来ないんだからな。」
 そして船長は泰然と彼を眺め、パイプに煙草を填《つ》め出した。
「もしエーブ・グレーの奴が――」とシルヴァーが急に呶鳴《どな》り出した。
「止《や》めろ!」とスモレットさんが大声で言った。「グレーは己に何も言わなかったし、己もあの男に何も尋ねはしなかった。それに、己はむしろ貴様もあの男もこの島全体も海の中から地獄へ吹き飛ばしてやりたいくらいなんだ。おい、これでそのことについちゃ貴様には己の心がわかったはずだ。」
 こうちょっと呶鳴りつけられたのでシルヴァーは冷静になったようだった。彼はそれまではだんだんいらだって来ていたのだが、今は気を落着けた。
「いや、これはどうも、」と彼が言った。「多分、あっしは、紳士って方々がその時の場合によってどんなことを適当と考《かんげ》えるか考えねえかってことの区別をつけなかったんでしょう。で、船長、あんたはパイプをやろうとしていなさる様子だから、わっしも遠慮なくやりますぜ。」そう言って彼はパイプに煙草を填めて、それに火をつけた。そして、その二人の人はしばらくの間は煙草を吹かしながら無言で坐り、互に顔を見合ったり、また煙草を止《や》めたり、また前へ屈んで唾を吐いたりしていた。その二人の様子を見ているのは芝居のように面白かった。
「ところで、こういう話ですよ。」とシルヴァーがまた始めた。「宝を手に入れられる海図をわっしらに渡して貰《もれ》えましょう。それから、可哀《かええ》そうな水夫らを撃ち殺したり、寝てる間に頭に孔をあけたりするのは、やめて貰えましょう。そうして下さりゃ、どっちでもお好きな方《ほう》にしてあげますぜ。宝を積み込みせえすりゃ、わっしらと一緒に船に乗んなさるか。それなら、あっしが名誉にかけてきっとあんた方をどっかへ無事に上陸させてあげましょう。それともまた、もし、わっしの手下の中にゃ乱暴な奴もいて、こき使われた怨みを持ってるんで、一緒に船に乗るのがお気が進まねえなら、ここに残ったってようがすぜ。それなら、あんた方と食物を一人一人に分けましょう。そして、これもきっと、船を見かけ次第それに信号して、あんた方を迎えにここへ来させてあげますよ。どっちでもね。どうです、訳のわかった話でしょう。これよりいいことって望めやしませんぜ。しませんともさ。それからね、」――と声を張り上げて――「この丸太小屋ん中にいるみんなの人に、わっしの言ったことをよく考えて貰えてえんだ。一人に言ってることは、みんなに言ってることなんだから。」
 スモレット船長は坐っていたところから立ち上って、パイプの灰を左手の掌にはたき出した。
「それだけか?」と彼は尋ねた。
「一|言《こと》も残さずすっかりだ、畜生!」とジョンは答えた。「これを厭だというなら、あんた方はわしの見納《みおさ》めで、後は鉄砲|丸《だま》をお見舞《みめえ》するだけだ。」
「至極結構。」と船長が言った。「今度は己の言うことを聞かしてやる。もし貴様らが武器を持たずに一人一人やって来るなら、己は、貴様らみんなた鉄械《かせ》をかけた上で、イギリスへつれて帰って公平な裁判にかけてやるということを、約束してやろう。もしやって来ないというなら、このアレグザーンダー・スモレットは陛下の旗を掲げているのだ、きっと貴様らみんなを魚《さかな》の餌食にしてくれるぞ。貴様らは宝を見つけることが出来ない。貴様らは船を動かすことも出来ない、――貴様らの中には船を動かせそうな奴が一人だっていないよ。貴様らは我々と戦うことも出来ない、――そら、グレーは貴様らの仲間の六人の中から抜け出て来たんだぜ。お前さんの船は動きが取れなくなっていますよ、シルヴァーさん。お前さん方は危い風下の海岸にいるようなものなんだ、すぐにわかるだろうがね。己はここに立って貴様にそれだけ言ってやる。これが貴様が己から聞く最後の親切な言葉だぞ。この次己が貴様に逢った時には、必ず、貴様の背中に一発撃ち込んでやるんだからな。おい、小僧、歩くんだ。とっとと出て行け、どうか、ずんずん、駆足でな。」
 シルヴァーの顔は観物《みもの》だった。激怒のために眼玉は跳び山しそうだった。彼はパイプから火を振い出した。
「手を貸して立たしてくれ!」と彼は叫んだ。
「己は厭だ。」と船長が答えた。
「だれか手を貸して立たしてくれねえか?」と彼は喚いた。
 私たちは一人も動かなかった。彼は、非常に口ぎたない呪いの言葉をがなり立てながら、砂地を這って行って、ポーチに掴まると、ようやく再び立ち上って※[#「木+裃のつくり」、第3水準1−85−66]杖をあてた。それから泉の中へぺっと唾を吐いた。
「そら! これが己の手前《てめえ》たちに思っていることだ。」と彼は呶鳴《どな》った。「一時間とたたねえうちに、この古ぼけた丸太小屋にラム樽みてえに穴をあけてくれるぞ。笑っとけ、畜生、笑っときやがれ! 一時間とたたねえうちに、手前らは笑う反対《はんてえ》に泣面《なきづら》をかくんだ。死ぬ奴は運のいい奴だぞ。」
 そして、恐しい罵り言葉を吐いて彼は躓《つまず》きながら立去り、砂地をやっとのことで下って、四遍か五遍しくじった後に、休戦旗を持った男に助けられて柵壁を越すと、瞬く間に樹立の中へ姿を消してしまった。

     第二十一章 攻撃

 シルヴァーの姿が見えなくなるや否や、それまでその姿をじっと見送っていた船長は、小屋の内部の方へ振り向くと、グレーの他には私たちが一人も自分の持場にいないのを見た。私たちが船長の立腹したのを見たのは、この時が初めてであった。
「部署に就《つ》け!」と彼は呶鳴《どな》った。それから、私たちがみんなこそこそと自分の場所に戻ると、「グレー、」と船長は言った。「君の名は航海日誌に記《しる》しておく。君は海員らしく自分の義務を守ったのだ。トゥリローニーさん、あなたには驚きましたな。先生、あなたは兵役に就《つ》いておられたことがあったと思いますがな! もしフォンテノイでもそういう風に服務しておられたのでしたら、寝床に入っておられた方がよかったでしょうよ。」
 医師の組は皆銘々の銃眼のところに戻り、残りの者は頻りに予備の銃に装填したが、だれも彼も顔を赤くし、小言で耳が痛がったのは、諸君も信じられることだろう。
 船長はしばらくの間無言のままで見ていた。それから口を開いた。
「諸君、」と彼は言った。「私はシルヴァーに罵詈の一斉射撃を浴《あび》せてやりました。わざと猛烈にやつつけたのです。で、奴の言ったように、一時間とたたないうちに、我々は攻め込まれましょう。我々が人数で劣っていることは、私が申すまでもありませんが、しかし我々は隠れて戦うのです。そしてもうちょっと前なら、我々は紀律をもって戦うのだと言えたでしょう。諸君にその気さえあれば、奴らを打ち負かすことが出来るということは、私は少しも疑いません。」
 それから彼は各自の持場を巡回し、すべて異状のないのを確めた。
 小屋の二つの短い側の東側と両側とには、銃眼が二つしかなかった。ポーチのある南側にも、また二つあり、北側には、五つあった。銃は私たち七人に対してちょうど二十挺あった。薪は四つの山に――テーブルとでも言ったように――積み上げてあって、各の側の真中あたりに一つずつあり、この各のテーブルの上には、弾薬と四挺の装填した銃とがいつでも防禦者の手に取れるように置いてあった。小屋の真中には、彎刀《カトラス》が並べてあった。
「火を抛《ほう》り出しなさい。」と船長が言った。「寒くなくなったし、眼に煙《けむ》を入れてはなりませんから。」
 鉄製の火籠をそっくりトゥリローニーさんが持ち出して、燃えさしは砂の中に突っ込んで消された。
「ホーキンズは朝飯《あさめし》がまだだな。ホーキンズ、勝手に取って、自分の持場へ帰って食べなさい。」とスモレット船長が続けて言った。「さあ、早くするんだ。すまないうちにまた食べたくなるだろうよ。ハンター、全員にブランディーを配れ。」
 そして、それが配られている間に、船長は心の中で防禦の計画をすっかり立てた。
「先生、あなたは戸口を引受けて下さい。」と彼は再び言い始めた。「気をつけて、体を出さないことです。内にいて、ポーチから撃って下さい。ハンター、東側を守ってくれ、そこだ。ジョイス、君はな、西側に立つんだ。トゥリローニーさん、あなたは一番射撃の上手な人です、――あなたとグレーとは、銃眼の五つある、この長い北側を引受けて下さい。危険のあるのはそこですから。もし奴らがそこまで上って来て、こっちの窓から我々に向って撃ち込むようになっては、すこぶる面白からん形勢になりますよ。ホーキンズ、君と私とは射撃にはあまり役にたたんから、そばに立ってて弾丸籠《たまご》めをして手伝いをするとしよう。」
 船長の言ったように、寒気はもう過ぎていた。太陽は小屋の周りをぐるりと取巻いた樹立の上まで昇るとすぐ、開拓地へ強く照りつけて、靄《もや》をたちまちに飲み干してしまった。間もなく砂地は焼け、丸太小屋の丸太の樹脂《やに》が融け出した。ジャケツも上衣も脱ぎ棄て、シャツは胸をはだけ、袖を肩までもまくり上げて、私たちは、銘々が自分の持場で、暑気と不安とで熱に浮かされたようになって立っていた。
 一時間たった。
「畜生め!」と船長が言った。「こいつあどうも赤道無風帯みたいに退屈だな。グレー、口笛を吹いて風を呼んでくれ。(註六六)」
 ちょうどその瞬間に攻撃の最初の知らせがあった。
「お尋ねいたしますが、」とジョイスが言った。「だれかが見えましたら、撃つんですか?」
「そう言ったじゃないか!」と船長は叫んだ。
「有難うございます。」とジョイスはやはり穏かな慇懃な調子で答えた。
 その後しばらくは何事もなかった。が、今の話で私たちみんなは気をひきしめて、耳も眼も緊張させていた。――銃手は銃を両手で構え、船長は口を堅く結び、顔を顰《しか》めて、小屋の真中に突っ立った。
 そうして数秒たつと、突然ジョイスが銃を手早く上げて発砲した。その銃声が消え去るか去らないに、外からはそれに応じてばらばらな一斉射撃が起り、囲柵のあらゆる側から引続いて一弾また一弾と飛んで来た。数発の弾丸が丸太小屋に中《あた》ったが、一発も内へは入らなかった。そして、煙が消え去った時には、柵壁も、その周りの森も、前と同じようにひっそりとしてだれもいなかった。枝一本揺れないし、銃身がぴかりと閃いて敵のいることを示しもしなかった。
「君の狙った奴に中ったか?」と船長が尋ねた。
「いいえ。」とジョイスは答えた。「中らなかったと思います。」
「それでもほんとのことを言うのはまだしも結構。」とスモレット船長が呟いた。「ホーキンズ、この人の鉄砲に弾丸《たま》を籠めてやりなさい。先生、あなたの側には何発ほど来ましたか?」
「はっきりとわかっています。」とリヴジー先生が言った。「この側には三発発砲して来ました。ぴかりと光るのが三つ見えたのです、――二つはくっついて、――一つはずっと西の方で。」
「三発と!」と船長は繰返して言った。「それから、トゥリローニーさん、あなたの側は何発でしたか?」
 しかしこれはそう容易には答えられなかった。北からはたくさん来たのだ。――大地主さんの計算では七発、グレーの言うところによれば、八発か九発だった。東と西とからは、たった一発ずつしか発砲されなかった。だから、攻撃は北側から開始されるので、他の三方では見せかけの敵対行為に煩わされるだけだ、ということは明かだった。しかしスモレット船長は彼の手配を少しも変えなかった。彼の主張するところでは、もし謀叛人どもが柵壁を越えるのに成功すれば、どれでも護りのない銃眼を占領して、私たちをこの砦《とりで》の中で鼠のように射殺してしまうだろう、というのであった。
 それにまた、私たちには考えている余裕も大してなかった。不意に、わあっと喊声をあげながら、一群の海賊が北側の森から躍り出して、柵壁へとまっすぐに走って来た。同時に、銃火がもう一度森から開かれ
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