、その派遣が無益であることがわかった。謀叛人どもは吾々の思ったよりも大胆であった。それとも彼等はイズレールの砲術に案外信頼していたのだ。というのは、四五人の奴らが頻りに吾々の荷物を運び去って、それを持って一艘の快艇《ギッグ》のところまで徒渉していたからである。その快艇はすぐそばにあって、潮流に押し流されないようにするためにオールを漕いだりしていた。シルヴァーは艇尾座にいて指揮していた。そして彼等は皆、今は、彼等自身のどこか秘密の武器庫から持ち出した銃を一挺ずつ持っていたのであった。
船長は腰を下して航海日誌を書き出した。その記入の初めの方はこうである。――
「船長アレグザーンダー・スモレット、船医デーヴィッド・リヴジー、二等船匠手エーブラハム・グレー、船主ジョン・トゥリローニー、船主の従僕、非海員ジョン・ハンター及びリチャード・ジョイス――以上は船の乗員中の忠実なる者として残れる者の全部なり――は、切詰めたる定量にて十日間の糧食を携えて、本日上陸し、宝島の丸太小屋に英国国旗を掲ぐ。船主の従僕、非海員トマス・レッドルース、叛徒に射殺さる。船室給仕ジェームズ・ホーキンズ――」
そして、ちょうど同時に、私は可哀そうなジム・ホーキンズの運命がどうなったろうかと思っていたところであった。
すると陸の方からおういと呼ぶ声がした。
「だれかが俺《わし》らを呼んでおります。」と見張りに立っていたハンターが言った。
「先生! 大地主さん! 船長さん! おうい、ハンター、君かい?」という叫び声がした。
それで私が戸口のところまで走ってゆくと、ちょうど、ジム・ホーキンズが無事で達者で柵壁を攀《よ》じ越えてやって来るのが見えたのであった。
第十九章 ジム・ホーキンズが再び始めた物語
柵壁内の屯営
べン・ガンは旗を見るや否や立ち停り、私の腕を掴んでひき止め、腰を下した。
「おい、」と彼が言った。「あすこにお前《めえ》さんの仲間がいるぜ、確かに。」
「あれぁどうも謀叛人らしいよ。」と私は答えた。
「そんなことがあるもんか!」と彼は叫んだ。「なあに、分限紳士でなけりゃだれ一人船をつけやしねえこんな処《とこ》だもの、シルヴァーなら海賊旗《ジョリー・ロジャー》(註六二)を立てるだろうよ。それにゃあ間違《まちげ》えなしさ。いいや、ありゃお前さんの仲間だ。それに、さっき戦争があったろう。でお前さんの仲間が勝ったんだと思うねえ。それでここへ上陸してあの古い柵の中に入《へえ》ってるのさ。あの柵は何年も何年も前にフリントが拵《こせ》えたものだ。ああ、あの人はまったく大将《てえしょう》らしい人だったよ、あのフリントはな! ラムの他《ほか》にゃあ、あの人にかなうものは何にもなかったんだ。怖《こえ》え者なんて一人だってなかったんだぜ。シルヴァーだけは別だがね。――シルヴァーはそれっくれえ気の利いた奴だったよ。」
「なるほど、」と私は言った。「じゃそうかも知れない。そんならそれでいい。それなら僕は一層急いで行って味方と一緒にならなくちゃ。」
「いやいや、兄弟《きょうでえ》、」とベンが答えた。「そうはゆかねえ。お前はいい子だ。違《ちげ》えねえよ。だが、何と言っても、まだほんの子供だよ。ところで、ベン・ガンとなるとなかなか抜目はねえ。ラムに酔ってたってそこへは行かねえぜ、お前さんの行こうとしてる処へはな、――ラムに酔ってたって行かねえとも、俺《わし》がその生れつきの紳士って人に逢って、その人から名誉にかけての約束てえ奴を聞くまではな。でお前さんは俺の言った言葉を忘れはしねえだろな。『とっても(とこう言うんだぜ)、とっても信用しています。』とね、――それからあの人をつねるんだよ。」
そして彼は前と同じような巧みな様子で三度目に私を抓《つね》った。
「それからベン・ガンに用のある時にゃ、どこへ行きゃあ会えるか知ってるね、ジム。今日《きょう》お前さんと会ったあすこだぜ。それから、会いに来る人は手に何か白い物を持って来るんだよ。そして一人だけで来なきゃいけねえ。おお! それからお前さんはこう言ってほしいね。『ベン・ガンにゃあ自分の仔細があります。』って言うんだぜ。」
「なるほど、」と私は言った。「わかったようだよ。君には何か言い出したい話があって、大地主さんか先生に逢いたいのだね。それから、君は僕と会ったあすこへ行けばいるんだね。それだけかい?」
「それからいつ頃? っていうことだな。」と彼は言い足した。「そうさな、正午《ひる》頃から六点鐘頃までだ。」
「よろしい。」と私は言った。「じゃあ僕はもう行ってもいいかい?」
「お前さんは忘れやしねえだろな?」と彼は心配そうに尋ねた。「とっても、ということと、仔細がある、ということを、言うんだぜ。仔細がある。これが大事なことなんだよ。男と男の話としてね。よし、さあ、」――とやはり私を掴まえながら――「もう行ってもいいだろうよ、ジム。それからね、ジム、もしお前さんがシルヴァーに逢っても、ベン・ガンを売るようなことはしめえな? 拷問にかけられたってしゃべりゃしめえな? 大丈夫だね。それから、もしあの海賊どもが浜で野営するならばだ、ジム、朝にはきっと人死《ひとじに》があるだろうぜ。」
この時に轟然たる音が彼の言葉を遮り、一発の砲弾が樹立を突き裂いて、私たち二人が話していた処から百ヤードと離れていない砂地の中へ落下した。次の瞬間には二人とも別々の方向へ逃げ出していた。
それから後のたっぷり一時間は、砲撃が頻りに島を震わせて、砲弾が絶えず森に落ちた。私はその恐しい弾丸に始終追われて、あるいは追われているような気がしたのであるが、隠れ場所から隠れ場所へと逃げ※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]った。しかし、砲撃がそろそろ終りかける頃には、弾丸が一番多く落ちる柵壁の方へはまだ行く勇気はなかったけれども、再び幾らか元気が出かけていた。そして、東へ※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]り路をしてから、岸辺の樹立の間をそろそろと下りて行った。
太陽はちょうど沈んだばかりで、海風《うみかぜ》は森の樹をざわざわと鳴らして吹きまくり、また碇泊所の灰色の水面を波立たせていた。潮も遠くまで退いていて、広々とした砂地が現れていた。空気は、日中の暑さの後に、冷えて来て、私のジャケツを通して身に滲み込んだ。
ヒスパニオーラ号はやはり前に投錨した処にいた。けれども、果して、海賊旗《ジョリー・ロジャー》――海賊の黒い旗――をその斜桁上外端《ピーク》にひらひらと翻していた。私が見ている時にもまだ、また赤く砲火が閃き轟然たる砲声がして、大きな反響を起し、もう一発の砲弾が空中をびゅうっと飛んで行った。それが最後の砲撃だった。
しばらくの間私は横って、攻撃の後の騒ぎを見ていた。柵壁の近くの渚では、水夫たちが斧で何かを叩き壊していた。後でわかったが、例の小形端艇《ジョリボート》であった。彼方の、川口の近くには、樹立の間に焚火が盛んに燃えていて、その地点と本船との間を一艘の快艇《ギッグ》が絶えず行ったり来たりしており、前にはあんなに不機嫌だった水夫たちは、オールを漕ぎながら子供のように喚いていた。しかし、その声にはラムを飲んだらしい調子があった。
とうとう、私はもう柵壁の方へ戻れるだろうと思った。私は低い砂の出洲《です》をかなりずっと下っていた。この出洲は碇泊所を東で抱え、半潮(註六三)の時には骸骨《スケリトン》島と連っているのである。そして今、私は立ち上ると、出洲をもう少し下ったところに、低い灌木の間から、かなり高い、色が妙に白っぽい岩が一つだけ立っているのが目に入った。私は、これがベン・ガンの話したあの白い岩かも知れない、いつかボートが要《い》ることになるかも知れないが、それを捜す処はわかった訳だ、と思いついた。
それから森の中を※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]って行って、柵壁の裏手、すなわち海岸向きの側へ再び着き、間もなく味方の人たちに大いに歓迎された。
私は間もなく自分の一部始終の話をしてしまって、あたりを見※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]し始めた。その丸太小屋は角材にしない丸木のままの松の幹で造ってあった、――屋根も、壁も、床《ゆか》も。床は数箇処砂地の面から一フートないし一フート半も高くなっていた。戸口のところにはポーチがあり、そのポーチの下に、例の小さな泉が、幾らか奇妙な性質の人工の溜池――というのは、船の大きな鉄釜の底を抜いて、船長の言葉で言えば「船荷を満載した時の水準線まで」砂の中に埋めたものなのであるが――の中へ湧き出ていた。
小屋の骨組の他にはほとんど何も残されてはいなかった。が、一つの隅に、炉床の代りに敷いてある板石と、火を入れる古い銹びた鉄の籠とがあった。
円い丘の傾斜面と柵壁の内側全部とは、この小屋を建てるために樹木をすっかり伐り払ってあった。その切株で見ると、ずいぶん立派な喬木の林が伐り倒されたことがわかった。土は大抵、その樹木を取除けた後に、雨に流しやられたり、風の吹き寄せた砂に埋められたりしていた。ただあの釜から流れ下っている小川のところだけでは、苔や、何かの羊歯《しだ》や、地を這っている小さな灌木などが、こんもり生い茂っていて、砂地の中にまだ緑色をしていた。柵壁のすぐ近くの周りに――防禦のためには近過ぎると皆は言ったが――森林がまだ高く密に繁っており、陸の側は皆樅だが、海の方は鮮色樫がよほどまじっていた。
前に言ったあの寒い夕風は、この粗末な建物のありとあらゆる隙間からぴゅうぴゅう吹き込んで来て、細かい砂の雨を絶間なしに床《ゆか》に撒き散らした。私たちの眼の中にも砂、歯の間にも砂、夕食の中にも砂があり、あの釜の底の泉の中にも、まさしく、煮えかかった粥のように、砂が踊っていた。この小屋の煙突というのは、屋根に開《あ》いている一つの四角な穴であった。だから、外へ出てゆく煙はほんの僅かで、残りは小屋の中に渦巻いて、私たちに絶えず咳をさせたり涙を出させたりした。
これにかてて加えて、新たに味方になったグレーは、謀叛人の中から跳び出して来る時に受けた傷のために、顔に繃帯をしていたし、可哀そうなトム・レッドルース爺さんは、まだ埋葬されずに、硬くなって、英国国旗《ユーニヨン・ジャック》に蔽われたまま、壁に沿うて横っているのであった。
もし私たちが何もせずに坐りこんでいさせられたならば、私たちは皆きっと意気銷沈してしまったことだろう。しかし、スモレット船長は決してそんなことをするような人ではなかった。全員が彼の前に呼び集められ、彼は私たちを当直の組に分けた。医師と、グレーと、私とが一組、大地主さんと、ハンターと、ジョイスとが他の一組になった。私たちみんなは疲れていたけれども、二人は薪を取りにやられるし、他の二人はレッドルースの墓を掘りにかからされるし、医師は料理番《コック》に指命されるし、私は戸口のところに歩哨に立たされた。そして船長自身は一人一人のところへ※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]って、私たちを励ましたり、どこでも必要なところでは手を貸したりした。
折々、医師は戸口のところへやって来て、少し外気を吸ったり、けむくてたまらぬ眼を休ませたりした。そうして来る度に、私にちょっと言葉をかけた。
「あのスモレットという人は私よりは偉い人間だよ。そして私がこう言う時にはなかなかのことだぜ、ジム。」と彼は一度は言った。
また或る時は彼はやって来てからしばらくの間黙っていた。それから頭をかしげて、私をじっと眺めた。
「そのベン・ガンというのはしっかりした男かね?」と彼が尋ねた。
「私にはわかりません。」と私は言った。「正気な男かどうかもよくわからないんです。」
「正気かどうかという疑いがあるくらいなら、その男は正気だよ。」と先生が答えた。「無人島に三年もただ爪を咬んで暮していた人間というものはね、ジム、君や私と同様に正気に見えるというはずがないのだ。そん
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