の上の球《たま》ころがしだ! だれがやったってやり損ねるはずがありゃしません。大地主さん、火縄が見えたら言って下さい。オールで舟を停めますから。」
この間にも、舟はそのような積み込み過ぎたボートとしてはかなり速く前進していたし、進んでゆく間に水もほとんどかぶらなかった。もう岸に迫っていて、三四十本も漕げば浜に乗り上げたろう。というのは、退潮《ひきしお》のために、簇生している樹々の下に、狭い砂地が帯のようにすでに現れていたからである。快艇はもはや恐れるには及ばなかった。例の小さな岬のためにそれはもう吾々のところからは見えなくなっていた。あれほどひどく吾々を手間取らせた退潮は、今度はその償いをして、吾々の攻手《せめて》を手間取らせていた。ただ一つの危険は大砲だった。
「出来さえすれぁ、停って、もう一人狙い撃ちしてやりたいんだがな。」と船長が言った。
しかし、彼等がどんなことがあろうと発砲を遅らせないでおくつもりでいることは明かであった。さっきの倒れた男が死んではいなくて、這って行こうとしているのが私にも見えたのに、彼等はその仲間の方を見ようとさえしなかった。
「用意!」と大地主が叫んだ。
「停れ!」と船長は反響のように速く叫んだ。
そして船長とレッドルースとは舟の艫《とも》がそっくり水の中へ入ったくらいに力を入れてぐっと逆漕《バック》した。その刹那《せつな》、砲声が轟然と起った。これがジムの聞いた第一の砲声であったのだ。大地主の射撃の音は彼のところでは聞えなかったのだから。その弾丸がどこを通ったかは、吾々の中の一人も正確にはわからなかった。が、それはきっと吾々の頭上を飛んで行ったのであって、吾々の災難はその煽り風のせいもあったかも知れない、と私は思う。
ともかく、ボートは、三フィートの水の中へ、ごく静かに艫の方から沈んで行って、船長と私とは向い合いながら突っ立った。他の三人は真逆さまに落ちて、ずぶ濡れになりぶくぶくと泡を立てながら起き上って来た。
ここまでは大した損害はなかった。一人も命は落さなかったし、吾々は無事に岸まで徒渉することが出来た。しかし、吾々の荷物はみんな水の底に沈み、その上困ったことには、五挺の鉄砲の中の二挺しか役に立たなくなったのであった。私のは、私は一種の本能で膝から素早くひっ掴んで頭の上に差し上げた。船長の方は、弾薬帯で肩に背負っていて、賢い人らしく弾機装置の方を上にしていた。他の三挺はボートと一緒に沈んだのである。
さらに吾々の懸念を増したことには、岸沿いの森の中に人声《ひとごえ》がすでに近づいて来るのが聞えた。そして、吾々には、この半ば跛になったような有様で柵壁へ行く道を断たれる危険があるだけではなく、ハンターとジョイスとが六七人の敵の者に攻撃されたなら、しっかりと踏み止まるだけの分別や気転があるかどうかという憂慮もあった。ハンターはしっかりした男だった。それは吾々にはわかっていた。がジョイスの方が怪しかった。――従僕としては、また人の衣服にブラシをかけるには、面白い、丁寧な男であったが、軍人としてはまったく適していないのだ。
こんなことを考えながら、吾々は、小形端艇と、吾々の火薬と食糧品との大半とを後に残して、出来るだけ速く岸まで徒渉した。
第十八章 医師が続けた物語
第一日の戦闘の終り
吾々は、今吾々と柵壁との間にある細長い森林地を突っ切って、一所懸命に前進した。すると一歩一歩と進む毎に海賊どもの声がだんだん近くにがやがや言っているのが聞えて来た。間もなく、彼等の走る跫音《あしおと》や、彼等が藪を押し分けてゆく時の枝のぽきぽき折れる音までも、聞えるようになった。
私はこれでは本気で一合戦やらなければなるまいということがわかりかけて来たので、自分の点火薬を調べた。
「船長、」と私は言った。「トゥリローニー君は射撃の名人です。あなたの鉄砲をやって下さい。あの人のは役に立たんのですから。」
二人は鉄砲を取換え、トゥリローニーは、この騒動の始まり以来のように黙々として冷静に、ちょっと立ち止って、どこもみな役に立っようになっているかを確めた。同時に、私は、グレーが何も武器を持っていないのに気がついて、自分の彎刀《カトラス》を渡してやった。彼が手に唾し、眉を顰《しか》めて、その刀身をびゅうびゅうと空気を切って振り※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]すのを見ると、吾々みんなは元気が出て来た。彼の体《からだ》のどの線を見ても、この新しい味方が一|廉《かど》の役に立つ人間だということは、明かだった。
さらに四十歩ほど進むと、森の縁へ来て、前面に柵壁が見えた。吾々はその囲柵の南側の真中あたりに行き着いた。すると、ほとんど同時に、七人の謀叛人が――水夫長《ボースン》のジョーブ・アンダスンを先頭にして――その南西の隅のところにどっと一斉に現れて来た。
彼等はびっくりしたように立ち止った。そして彼等が気を取直さないうちに、大地主と私だけではなく、丸太小屋からハンターとジョイスまでが、火蓋を切る暇があった。この四人の射撃は幾らかばらばらな一斉射撃となったが、しかしその役目は果した。敵の一人は実際倒れ、残りの奴らはすぐさまくるりと背を向けて樹立の中へ跳び込んだ。
弾丸を籠め直してから、吾々は倒れた敵を介抱してやろうと防柵の外側について下りて行った。その男はまったく死んでいた。――心臓を射貫かれたのだ。
吾々がこの成功を喜びかけていたちょうどその瞬間、ピストルが叢林の中でばあんと鳴り、一発の弾丸が私の耳を掠めてぴゅっと飛び、可哀そうにトム・レッドルースがよろよろして地面へばったり倒れた。大地主も私も二人とも撃ち返した。が、何も狙うものがなかったのだから、恐らく火薬を浪費しただけであったろう。それから吾々はまた弾丸を籠めると、可哀そうなトムに注意を向けた。
船長とグレーとがすでに彼の傷を調べていたが、私は一目でもう駄目だと見て取った。
吾々が敏捷に一斉射撃を返したので、謀叛人どもはもう一度潰走したのだろうと思う。吾々はその上もう妨害を受けずに、その可哀そうな年寄の猟揚番人を持ち揚げて柵壁を越し、血を出しながら呻いているのを丸太小屋の中へ運び込んだ。
可哀そうなこの老人は、吾々が難儀なことになったまったくの始まりから、今こうして丸太小屋の中に横らされて死んでゆこうとしている時に至るまで、一言の驚きや、不平や、恐れの言葉も、承諾の言葉さえも、口に出したことがなかった。彼はトゥロイ人の如《ごと》く勇敢にあの船の廊下の敷蒲団《マットレス》の蔭で敵に備えていた。彼はいかなる命令にも黙々として、頑固に、よく従った。彼は吾々の仲間の中の最年長者で、吾々よりも二十歳も年長だった。そして今、死んでゆこうとしているのは、このむっつりした、年寄の、勤勉な召使であったのだ。
大地主は彼のそばにどかりと膝をついて、子供のように泣きながら、彼の手に接吻した。
「お医者さま、わっしは行くのでごぜえますか?」と彼は尋ねた。
「トムや、」と私は言った。「お前はほんとうの故郷《くに》へ行くのだよ。」
「俺《わし》は先に鉄砲で奴らに一発喰らわしてやりたかった。」と彼が答えた。
「トム、」と大地主が言った。「私を赦《ゆる》すと言ってくれないか?」
「そんな勿体《もってえ》ねえことが、わっしからあんたさまに言えますか、旦那さま?」というのがその返事であった。「だが、それでようごぜえます、アーメン!」
しばらくの間黙っていた後、彼はだれかが祈祷を上げてくれた方がよいと思うと言った。「それが慣例《しきたり》ですからね。」と言訳するように言い足した。それから間もなく、その上一言も言わずに、死んでしまった。
それまでの間に、船長は、胸やポケットのあたりが非常に膨らんでいるのは前から私も気づいていたが、そこからさまざまな品物をたくさん出した。――英国の国旗や、聖書や、一巻きの丈夫そうな綱や、ペンや、インクや、航海日誌や、何ポンドかの煙草などであった。彼は囲柵の中に伐り倒して枝を切り去った相当長い樅の木が一本あるのを見つけて、ハンターに手伝って貰って、それを、丸太小屋の隅の樹幹が交叉して角をなしている処に立てた。それから、屋根に攀《よ》じ登って、自分の手で国旗を結びつけて掲げた。
それをしてしまうと船長は大いに安堵したようだった。彼は再び丸太小屋へ入って来て、他には何事もないかのように、さっきの品物を数え始めた。しかし彼はそれにも拘らずトムの臨終には目を離さなかった。そして、息を引取るや否や、別の国旗を持って来て、それを恭しく死体の上にかけた。
「そんなにお歎きなさるな。」と彼は大地主の手を握りながら言った。
「この人のことはこれですっかりいいのです。船長と主人とに対する義務を果しながら斃《たお》れた船員には何も心配はありません。これは教会で言うのとは違うかも知れません。が、それが事実です。」
それから彼は私を脇へひっぱって行った。
「リヴジーさん、」と彼が言った。「あなたと大地主さんとは何週間たったら件船《ともぶね》が来ると思ってお出でですか?」
私は、それは週ではなくて月できめてあるのであって、もし吾々が八月の末までに帰らなかったら、ブランドリーが吾々を探しに伴船を出すことになっているが、それよりも早くもなければ遅くもない、と彼に言った。「ですから御自分で計算してみて下さい。」と私は言った。
「ははあ、なるほど、」と船長は頭を掻きながら答えた。「とすると、どんなに神様の有難い思召しを蒙っていることを酌量してみましても、我々はかなり詰開《つめびら》き(註六一)になっていると申さなければなりませんな。」
「それはどういう意味ですか?」と私は尋ねた。
「我々があの二度目の積荷をなくしたのは残念です。私の言うのはそのことですよ。」と船長が答えた。「火薬と弾丸とは、まあ足りましょう。しかし食糧が不足なんです。非常に不足で、――リヴジーさん、恐らくあの余分の口が減って我々に好都合なくらい、それくらいに不足なんです。」
そう言って彼は旗の下の死体を指した。
ちょうどその時、どおんという轟然たる音とびゅうっと唸る音を立てて、一発の砲弾が丸太小屋の屋根の上を飛び去って、ずっと遠くの森の中に落ちた。
「ほほう!」と船長が言った。「どんどん撃て撃て! お前らにはもう火薬があんまりないぜ。」
二度目に撃った時には、狙いは前よりはよくて、弾丸は柵壁の内側に落下して、ぱっと砂煙を立てたが、しかしそれ以上に何の損害も与えなかった。
「船長、」と大地主が言った。「この小屋は船からちっとも見えないはずです。奴らの狙っているのは国旗に違いない。あれを卸した方がよかありませんか?」
「私の旗を引下すのですって!」と船長が叫んだ。「いいえ、私は下しません。」そして彼がその言葉を言うや否や、吾々は皆彼に賛成したと思う。なぜなら、それは単に剛毅な、海員らしい、正常な感情であったばかりではない。その上にそれは立派な策略でもあって、敵に吾々が彼等の砲撃を軽蔑していることを示したからである。
その夕刻中彼等はずっと大砲を撃ち続けた。次々に来る弾丸は、飛び越して行ったり、届かなかったり、囲柵の中で砂を蹴上げたりした。しかし、彼等は高く発射しなければならなかったので、弾丸は威力を失って落ち、柔かい砂の中に埋ってしまった。弾丸の跳ね返る恐れは少しもなかった。そして、一弾が丸太小屋の屋根を突き抜けて跳び込み、さらに床《ゆか》を突き抜けて行ったけれども、吾々は間もなくそういう荒遊びに慣れてしまって、クリケットくらいにしか気にかけなくなった。
「こうなるとよいことが一つありますな。」と船長が言った。「前の森にはだれもいそうにもないことです。潮はよほど退《ひ》いているから、さっきの荷物は水から出ているだろう。豚肉を取りに行こうという志願者。」
グレーとハンターとが真先に進み出た者であった。十分に武装して二人は柵壁の外へそっと出た。が
前へ
次へ
全42ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 直次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング