そのとき吹いたような台風のことをお話ししようとするのは愚かなことです。ノルウェーじゅうでいちばん年寄りの船乗りだって、あれほどのには遭ったことはありますまい。私どもはその台風がすっかりおそってこないうちに帆索《ほづな》をゆるめておきましたが、最初の一吹きで、二本の檣《マスト》は鋸《のこぎり》でひき切ったように折れて海へとばされました。その大檣《メインマスト》のほうには弟が用心のために体を結えていたのですが、それと一緒にさらわれてしまったのです。
 私どもの船はいままでに水に浮んだ船のなかでもいちばん軽い羽毛《はね》のようなものでした。それはすっかり平甲板(12[#「12」は縦中横])が張ってあり、舳《へさき》の近くに小さな艙口《ハッチ》が一つあるだけで、この艙口《ハッチ》はストロムを渡ろうとするときには、例の狂い波の海にたいする用心として、しめておくのが習慣になっていました。こうしてなかったらすぐにも浸水して沈没したでしょう。――というのは、しばらくのあいだは船はまったく水にもぐっていたからです。どうして兄が助かったのか私にはわかりません、確かめる機会もなかったものですから。私はと
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