見ていた。
自分はこの山間の町に不意に来て、従兄を驚かそうと思っていたのだが、かえって行き違いになった。そのために今日一日は茫然として暮さねばならぬ、と思っているとその男が室の入口から首を出して「使いがありました。じゃすぐやりましょう?」と言って、出て行った。と、入れ違いに、下女が来て、
「いま、使いとおっしゃいましたが、ちょうど、中学の先生様がお通りになって、吉井さんは今日きっと帰えっておいでる筈だそうですから……と言っていらっしゃいましたが。」と言う。
「そうか?…では、使いには及ばないね。」と言うと、自分はかすかだが、いまの男に勝ったような心持ちがした。下女はうなずいて出て行った。
と、また入れ違いにその男がはいって来て、キョト、キョト自分の顔を見ながら、
「使いはようござんすか。」と言う。自分はますますその男の裏を掻いたような気がして、素気なく、
「吉井は今日帰えってくるそうだから、もういいわ。」と断ってやった。
それで、今日一日は、ここにいるつもりにしたので、せめて、従兄の下宿しておる家でも見てこようと思って外に出た。腹を一杯に見せて町の真東に、まるい大きい山が聳えて
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