を向けると、机の上に置いた煙草の箱を取って、中から一本摘んだ。その時に、
「で、吉井さんですがな。」と、その男が言う。
「ふん。いるだろうね。」
「いや。一昨日この先のS村の某《それがし》と言う家に出て、留守だそうです。」
「留守?」
 自分は、この男の言葉つきが、何となくうそを言っているように思えるので、わざと強く反問した。
「へえ、留守だそうです。」と、「留守」を繰り返えした。
「困ったな。そのS村と言うのまでは使いをやれないかしら?」と、聞くと、
「使いはありません。」と、捨てたようにその男は首を振った。自分はむっとした。
「困るじゃないか。道でも悪いのか。」
「道も悪うござんす。まだ雪が解けないから、誰も行きません。」
「じゃ、馬にでも乗って行ってくれたらいいじゃないか?。」
「さ、それはあるかもしれませんな。けれど高いことを言いますぜ。」
「高いって、使い賃がか? それは仕方がない。とにかく、行ってくれる者をさがしてくれ。」
「へへ。」と、癖のようにちょっと頭を下げたが、黙って、自分の巻煙草の箱から一本つまみ出して、それに火をつけた。
 自分はじっとその無作法な男のするさまを
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