香油
水野葉舟

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)遠野町《とおのまち》に

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#「しん」に傍点]
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     一

 その日は十二三里の道を、一日乗り合い馬車に揺られながらとおした。やっとの思いで、その遠野町《とおのまち》に着いたころは、もうすっかり夜が更けていた。しかも、雪が降りしきっていて、寒さが骨に沁む。――
 三月に入ってからだったが、北の方の国ではまだ冬だ。
 やっとその町に入ったころは、町はおおかた寝静まっていた。……暗い狭い町の通りが、道も家も凍りついたようにしん[#「しん」に傍点]として、燈一つ見えない。その中を二台の馬車が急遽《けたたま》しい音を立てて通って行った。自分はすっかり疲れて、寒い寒いと思いながら、ついうっとりとしていると、真暗だった目の前が俄かにぼっと、明るくなった。と思って目を開けると馬車が停っていた。
 着いたな、と思って、馬車の外側に垂れている幕を上げて見ると、間口にずっとガラス戸の篏《はま》っている宿屋の前に停っていた。
 自分は今度、少しばかりの用事が
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