できて、東北地方の旅行を企てたが、その途中その陸中T町に従兄が中学の教師をしていたのに三四年振りで逢うため、わざわざこんな山中にやって来たのである。
 もっとも、あとで東京を出発してここにちょっとよる筈の友人を待ち合わせて、一緒に、S峠を越してK港に出ようと言う予定でいる。

     二

 その夜は、昼間の疲れと、寒いのに広いガラッとした室に入れられたのとで、風呂に入り、食事をすますと、もう一分もじっとこの室の中に坐って、今日の道のことなどを考える気にもなれなくってすぐ床を敷かせて眠ってしまった。
 次の朝、目を覚ますと、床の中から私は手をたたいて人を呼んだ。下で太い打《ぶ》ち切ったような返事をした。はいって来たのは下女で、十能に火を山のように盛ったのを持っている。
 自分はからだを起こして、
「お前、この町の中学の先生をしている、吉井っていう人を知ってるか?」と聞くと、下女、
「へ?」と自分の顔を見たが、
「存じません。」と言った。
「じゃ、誰か分る人を呼んでくれ。」と言って自分は起き上った。宿で借りた衣服を着て、手提げの中から、歯を磨く道具を出して、下に顔を洗いに行った。
 室
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