に帰ってくると、小さい男が火鉢の前にチャンと坐っている。自分がはいってくるのを見ると、ちょっと頭を下げた。その目つきが先ず自分に反感を起こさせた。赤黒い犬のような顔で眉の太い、二皮の瞼の下から悪ごすく光った目で人をねらうように見る。
 自分が火鉢の傍に坐わると、首をひょっと突き出して、
「何か用ですか?」と言って、人をしゃくるような顔をしている。
「ちょっと聞きたいことがあるんだが……」と言ったが、自分はそのあとを聞く気がなくなった。で、手提げの中から、鏡を出し、櫛や、ブラシを出して、いま洗って来た髪に櫛を入れながら、黙っていた。しばらくして、
「中学の先生で、吉井って人がいるか? 分らないかね。」と聞くと、
「え、おいでです。ですが、たしかどこかに行って留守かもしれません。いま下で聞いて見ましょう。家によくおいでになります。」と、早口に一句ずつ句切って言ったが、そのまま、じっと坐ったなりに自分の髪を整えるのを見ている。
 その時に自分は香油の壜を出して、油を手の平に移して髪につけた。嗅ぎ馴れた香だが、心持ちのいい香が、身の廻りに漂った。――このボケーの香のする香油を髪につけるのは自分
前へ 次へ
全13ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
水野 葉舟 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング