入口の唐紙が開いて人がはいって来た。
 自分はこんどは大きく目を開いていた。はいって来たのは例の男だった。自分の起きているのを見ると、ギョッとしたようだったが、火鉢の前に坐って、
「もう、目が覚めやしたか?」と言った。自分は返事をしなかった。すると、その男は知らん顔をして、頭のうえで昨夜、従兄と食べた残りの菓子を食い出した。そのうえに、急須に湯をついで、茶も飲む。自分は蹂躙されるような気がして、グッと頭を上げた。
 怒鳴ろうかと思ったが、あまりだと思って止めた。すると、その男は自分を見て、少し狼狽《うろた》えたがそれを隠そうとした。
「私に一つ演説を作ってくれませんか?」と突然なことをいう。
「何にするんだ?」
「明後日、演説会がありますから、私にも出てやれと言うですが。」
 自分は危くふき出そうとした。しばらく自分は黙っていると、その男は、
「あなたは、台湾で役人をしていた、弓削田《ゆげた》という人を知っとりますか。」と言う。
「知らんね。」自分は冷笑した。
「それは有名な人だそうなが、その人がここに来て泊った時に、お前はおもしろい男だと言って、私と一晩酒を飲みました。」と、手柄らし
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