鼠のような小さい馬だった。
 馭者は二人で、手綱をとって引き起こそうとした。一人の方は息を切らして働いている。私達の乗った方のは、口きたなく罵りながら、それに手伝っていた。
 馬は鼻を開いて苦しそうな息をしながら、いくども泥を蹴って起きようとした。瘠せた骨の見える腹を力なく波打たせては、全身に力を入れるけれど、どうしても起きなおることができない。そして又ぐったりと泥の上に寝てしもう。
 馭者はその脊に靴をあてて、力を入れた。枯れた木を打つような音がする。私はそれを見ながら、このまま、この馬は死ぬだろうと思った。
 いよいよ馬が起きないので馬車の柄ははずされた。そして引き起こされた。
 半身泥まみれになった馬は、腹に波を打たせながら、その泥の中に立った。
「この馬に引かせるのか?」と立って見ていた客の一人が言った。
「仕方がねぇやね。」と、馭者は振り返った。
「この山の中で、どうなるもんで。」と言って馬を泥の中から引き出した。
「歩く! しまいまで歩く!」と言って丈の高い商人風の客は大きい信玄袋《しんげんぶくろ》をさげた。
 私はそこに立っていた同じ車の人と一緒に、引き返して来た。そして
前へ 次へ
全12ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
水野 葉舟 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング