ると、今乗って来た馬車の馬が、長い綱の先きが杭に縛りつけてあった杭のまま、それを引きずりながら悠々と東の方に歩いて行く。
まわりはしん[#「しん」に傍点]として、薄曇《うすぐもり》のした空の下に、水の流れる音も聞こえない。馭者の喧嘩の声はまだ聞こえる。
どこか、林の方で折ふし木を伐る音がする。冴えた、トン、トンという音が、広いところに響きわたって行く。寂寞とした灰色と黄昏のような色がみなぎっている。車の中ではまた不平を言い出した。実際このいつ出るとも知れぬ馬車を待っている心細さと言ったらない。
二人の声が低くなった。と思うと、馭者が真赤な顔をして、ブツブツと言いながら来た。
「日が暮れるぞ!」と待ち構えていた一人は言った。馭者は黙って返事もせず、轡《くつわ》をとると邪慳《じゃけん》に馬の首を引っ張って位置をなおした。
ところへ、あとの方から前の一人が駆けて来て、綱を引ずった馬に追い付くと、
「コーレ、シッ」と大きな声で言って叱るのが聞こえた。そして馬を引いて帰って来た。
私達の方の馭者も台に上った。そしていきなり、馬の尻に思うさま鞭をあてた。
これから西に向いて行くのだ。
前へ
次へ
全12ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
水野 葉舟 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング