にももう飽きた。はじめて見た自然に対する好奇心[#「好奇心」は底本では「好寄心」]はなおさら早く消え去った。私は空虚《から》のような心でもってぼつりとしているようだ。今はなおさら、そう思われる。そして、一種の捕え難い哀しさが心に薄く雲がかかるようになっている。
私は何にも思うのが嫌いだ。今日の前途の不安心ということもあるが、それよりも今自分の目にぱっと心が引くような色彩《いろ》がない。なにかそれが欲しい。……と言っても、心には取りとまりがないほどの、かすかな欲望だ。
と思う中にうとっとした。
「もしもし。」
私は女の声に起こされた。目を開けると、
「今、馬車が出ますが。」と言って枕元にここの娘が坐っていた。
私は飛び起きて立った。
「出る?」と言うと、心がやっと落ちついて脱いでおいた外套を手早く取って着た。そして、始終持っている手さげを持つと、
「勘定!」と言って、気が少し急《せ》き立って来た。
家の外に出ると、馬車はもう馬をつないで、出るばかりになっていた。
私の乗るのを待って馬車は動き出した。乗って見ると、車の中には鱒沢で乗った、僧《ぼうず》の二人連れが乗っていた。私
前へ
次へ
全12ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
水野 葉舟 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング