遠野に行った。今日はその帰途《かえり》である。
けさは九時に馬車が遠野を出た。同行《つれ》の佐々木君は馬車に乗ると、かならずからだを悪くすると言うので、十二里に少し遠い花巻まで歩くこととした。その佐々木君も遠野の町はずれで別れて、五里半あると言う道を揺られながら、ここに着いて見ると、花巻からの馬車はまだ来ておらぬと言う。春といっても、短かい日はもう、どことなく傾いている。まだここから花巻までは七里、覚束ない、薄ら寒い心持ちが胸に映える。
馬車がここに着いて、この中継《なかつ》ぎの宿屋の門に立っていると、佐々木君も峠を越してちょうどこの村にはいって来た。で、同じ家の二階に上って向い合って食事をすますと、佐々木君は遅くも九時頃までには花巻に着きたいと言って、つぎの村まで人車《くるま》に乗ることにした。で、今夜、約束の宿屋で落ち合うと言うことにして、別れて行った。
私は室の中で一人当てなしに、ぼつりとして花巻からくる馬車を待っていた。
家を出てから、もうまる一と月になる。旅にも倦《う》んだ。見知らぬ人の顔ばかり見て、自分とはまったく関係のない人の中に身をおいて来た心安さと、寂しさと
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