りによいお茶をのんだ。もう午後の三時である。私たちは急いで下りねばならぬ。小舎の前に立って、おじいさんに山々を教えてもらう。中村清太郎氏が、ここで写した画の複写をもってきたので、大部わかる。白馬や、立山や、越路《こしじ》の方の峰には、雲が迷っていたけれど、有明《ありあけ》山、燕《つばくろ》岳、大天井《おてんしょう》、花崗石の常念坊《じょうねんぼう》、そのそばから抜き出た槍、なだらかな南岳、低くなった蝶ヶ岳、高い穂高、乗鞍、御嶽《おんたけ》、木曾駒と、雪をまとうた群嶺は、備《そなえ》をなして天の一方を限っている。右手は越後《えちご》、越中《えっちゅう》、正面は信濃《しなの》、飛騨《ひだ》、左手は甲斐《かい》、駿河《するが》。見わたす山々は、やや遠い距離を保って、へりくだっていた。しかも彼らは、雪もて、風もて、おのれを守り、おのれの境をまもっていた。知らず、あの沢は何を収め、あの峰は何をといているのだろう。山は答えず、笑みもしない。私の足は冷えてゆく。
おそくなるのを恐れて、私は早々にもと来《こ》し方《かた》へとおりていった。わがゆく方には、まえと同じ景、刻々にひらかれる。下りとて、さす
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