まごし》山(五千七百八十尺)の胸のあたりをとおっていたのだ。前面とおくに、ちらとした雪の山、あとで、それを赤石だときいた。踏みこめば、ずぶりと穴のあく、ぱさぱさの雪、その雪の穴から足を抜いては、またまえの銀世界に穴をあけて、膝をするようにしてゆく。疲れたと見える。幾度か転んで、M君をひやひやさせた。かくして三時ちかく峠の小舎《こや》にたどりついた。海抜六千尺。小舎は富士などの室のように、山かげに風をさけた細長い一つ家だった。荷をおいて迎えに来た案内者につれられてはいったが、榾火《ほたび》のめらめらと燃えあがるのを見るだけで、あたりが暗い。白雪《しらゆき》の中から来た私たちの眼は、屋内の幽《かす》かな光になれるまで、何をも識別し得なかった。
 M君が、「あああすこに人がいる」という。それが、ここで蚕《かいこ》の種紙をまもっている番人の爺さんだった。柴をくべ、もって来た餅を焼いてたべる。「お爺さん、何か食べるものがあるかね」。「何もありましねえ」。それでも、たまりをお小皿についでくれた。マタタビの実をも出してくれた。「猫になるかな」と言いながら、私は手のひらに受けた。私たちは幾杯となく、わ
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