は、白金の粉が宿っていた。十一時渋池、十二時大曲。ふりかえるごとに、山々が数をます。並んでいるのが穂高の三峰、かなたが御嶽《おんたけ》。雪は次第次第に深くなった。もう人の足跡はない。兎の足あとらしい三つ指ついたのが、かなたの谷へ、長く長く引いている。足の甲だけが雪に埋《うず》まったのは、とうの前。雪は脛《すね》に及び、膝に及び、腿《もも》におよび、あらぬ所に足ふみこめば、腰にすら及ばんとする。M君がさす金剛杖の手許《てもと》わずかに残る所もあった。夏ならば何なるまじき境、しかも冬の信濃の山は、一歩ごとに私の知らぬ世界であった。私たちはただもう進む。案内者は、いつか先へいってしまった。足の弱い私をまもりつつ、後からM君が気づかわしそうに辿《たど》る。足は滑る、金剛杖は流れる。雪の上ならで、雪の中を滑るのだから、きわめて緩《ゆるや》かに、左手の谷へとおちてゆく。おちるなおちるなと思っても足がとまらぬ。それが滑稽《こっけい》でもあり、無念でもある。もう五千尺以上の高み、それに尾根ゆえ、これという樹も育たぬ。灌木は雪にうもれて、手がかりにならぬ。それでも、どうやら踏止まった。私たちは袴越《はか
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