雪の武石峠
別所梅之助

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)大晦日《おおみそか》

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    信濃町から

 一時間たつかたたぬに、もう大晦日《おおみそか》という冬の夜ふけの停車場、金剛杖《こんごうづえ》に草鞋《わらじ》ばきの私たちを、登山客よと認めて、学生生活をすましたばかりの青年紳士が、M君に何かと話しかける。「はじめて武石峠へゆくのです」とのM君の答に、青年紳士は、自分の経験からいろいろ注意をして下された。「武石峠は今零度ほどの寒さでしょう。松本で真綿を買って、頸《くび》に捲《ま》いておいでなさい。懐炉《かいろ》をもってお出《い》でなさい。腰と足とを冷さねば大丈夫です。金剛杖はよい物をもってお出でなされた。あぶない時には、それをナイフで削って、白樺の皮をむいて火をおつけなさい、きっと焚火がもえつきます、下手をやるとあの辺でも死にますからな。猿などが出ていたずらをしますから、新聞紙を沢山もっていってマッチでそれを燃しておふりなさい。あいつはあの臭《におい》をいやがり
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