ますからな。」
気のいいM君は、「死にますからな」が、気になったらしい。紳士に別れてからも、それをきいていた。「危い」それは東京にいたってだ。天の下のいずちに、人を流さぬ川があろうぞ。またいずちに人を呑まぬ地があろうぞ。M君よりは、はるかに要慎《ようじん》深い扮装《いでたち》ながら、私はいつもの心で答えた。
甲斐の山々
小仏《こぼとけ》こえて、はや私たちは雪の国にはいっていた。闇にもしるき白雪の上に、光が時に投げられる。ぎっしり詰った三等車に眠られぬまま、スチームに曇るガラス窓から、見えぬ外《と》の面《も》を窺《うかが》ったり、乗合と一、二の言を交《かわ》しなどする。青島《チンタオ》がえりの砲兵たち、甲斐《かい》出身の予後備らしきが、意気あがっての手柄話、英兵の弱さったらお話にならないまで、声高に談《かた》るに、私もすこしくうけ答えした。
甲府を過ぎて、わが来《こ》し方の東の空うすく禿《は》げゆき、薄靄《うすもや》、紫に、紅《くれない》にただようかたえに、富士はおぐらく、柔かく浮いていた。高き金峰《きんぷ》山は定かならねど、茅《かや》が岳、金《きん》が岳一帯の近山は、
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