釜無《かまなし》川の低地をまえに、仙女いますらん島にも似たる姿、薄紫の色、わが夢の色。ゆくてに高きは、曾遊《そうゆう》の八ヶ岳――その赤岳、横岳、硫黄《いおう》岳以下、銀甲つけて、そそり立つ。空は次第に晴れて山々も鮮《あざや》かに現れる。左の窓からは、地蔵、鳳凰《ほうおう》、駒の三山、あれよ、これよと、M君がさす。ああ駒か。そのいかつい肩は、旭日をうけて、矢のような光を放つ。銀、そういう底ぐもった色でない。白金《はくきん》の線もて編んだあのよろい、あの光、あの目を射る光の中に、私は包まれたいのだ。
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かの光、われをさゝん日ほゝゑみて見ざりし国にうつりゆかまし
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 眼ざといM君がさす方に、深い雪の山、甲斐《かい》の白峰《しらね》――北岳だそうだ。この国しらす峻嶺は、厳として群山《むれやま》の後にそびえているのだ。
 車室のうちは大部すいた。私たちは寛《くつろ》いでこの大景に接していた。八ヶ岳をあとにして、諏訪湖に添いゆくころから、空はどんよりとして来た。白いものがちらちら落ちそめた。きけば隔日ぐらいに降るとの事、すこし気が沈む。天竜川の川べを
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