眼に三人の役者を見、耳に朗々と響く音吐の底力ある地謡の声を聞いてゐると、知らぬ間に私共の想像世界は展開し、展開しゆく……不思議や、『四条五条の橋の上橋の上、老若男女貴賎都鄙色めく花衣、袖を連ねて行末の雲かと見えて、八重一重さく九重の花ざかり』といふ長閑な東山の景が顕はれ、自分共も春の群集を眺め、又群集から眺められたりしてゐるやうな心持がして来る。実際を見ると、三間四方の舞台は檜で造られてゐる。正面に囃方が並んで、小鼓と大鼓は床几にかかり、笛と太鼓は下座してゐる。その後の鏡板には黒青い絵の具で、松の木が一本描いてあるのみだが、この背景(若し背景といふことが出来るならば)ぐらゐ邪魔にならず又多くの曲目とよく調和するものはない。少くも私共日本人がさう思ふに至つたといふ心理状態は、どうして養はれたであらうか。この点に関する心理的考索は他にゆづるが、今は私はただ、歳月を知らない永遠の表象としての松の木は、現実を超絶するこの夢幻詩劇の模様化を助けるものだといふに止める。舞台の右側二列に並び、手に持つ扇子を右の膝頭にあてて端坐してゐる人々は即ち地謡である。眼をつぶつて、男性的音律の正しい合唱を聞く時
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