れて居る。其本つ国については、先史考古学者や、比較言語学者や、古代史研究家が、若干の旁証を提供することがあるのに過ぎぬ。其子・其孫は、祖《オヤ》の渡らぬ先の国を、纔《わづ》かに聞き知つて居たであらう。併し、其さへ直ぐに忘られて、唯残るは、父祖の口から吹き込まれた、本つ国に関する恋慕の心である。その千年・二千年前の祖々を動して居た力は、今も尚、われ/\の心に生きて居ると信じる。
十年前、熊野に旅して、光り充つ真昼の海に突き出た大王个崎の尽端に立つた時、遥かな波路の果に、わが魂のふるさと[#「ふるさと」に傍線]のある様な気がしてならなかつた。此をはかない詩人気どりの感傷と卑下する気には、今以てなれない。此は是、曾《かつ》ては祖々の胸を煽り立てた懐郷心(のすたるぢい)の、間歇遺伝(あたゐずむ)として、現れたものではなからうか。
すさのをのみこと[#「すさのをのみこと」に傍線]が、青山を枯山《カラヤマ》なす迄慕ひ歎き、いなひのみこと[#「いなひのみこと」に傍線]が、波の穂を踏んで渡られた「妣《ハヽ》が国」は、われ/\の祖たちの恋慕した魂のふる郷であつたのであらう。いざなみのみこと[#「いざなみ
前へ 次へ
全21ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング