撰万葉)
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君を恋ふるあまりに、自分は常に涙におぼれて居る。かくては、我身をも終につくすべきかといふ実質的内容に並んで、涙を湛へた中に澪標《ミヲツクシ》の如く立つて居るといふ形体的内容が、詩全体に亘つて統一融合せられて居る。
右は、内容が並行して居る場合を述べたのであるが、茲に一つ注意しておくべきは、形体的内容が、一部分の連鎖を持つて居るばかりであつて、それによつて起された感情が詩全体に遍満して居る場合がある。これをもこの場合に併せて挙げておく。
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若鮎のひれふる姿みてしよりこの川上の家ぞ恋しき(加納諸平、柿園詠草)
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この歌は、万葉の「玉島のこの川上に家はあれど君をやさしみあらはさずありき」といふ歌が根柢になつて居ることを、この川上の家といふ言葉によつて悟らしむる。若鮎は、領布をおこさむ為の語《コトバ》、新しく造られた枕詞である。ところが、唯単に領布をおこすばかりで満足せず、その感じを終までも続けて居る。この作者は、仮に、玉島の処女に返歌せられた男の心持になつて、詠んだものである。実質的内容においては、玉島川の辺《
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