はずみ」に傍点]となつて、単に処を示すばかりでなく、作者の人格を述べて、歌全体に世を憂[#「世を憂」に白丸傍点]といふ色彩を帯《オ》びしめて居る。此表現法は、多く、一二音の類似から実質的内容の上にすつかり形体的内容を被らしめて居る。然し時としては、全体ではなく一部分の実質的内容と結合して居るのも見える。
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ましみづの細きながれは居ながらも手をひたすらになつかしげなる(大隈言道、草径集)
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兎も角、読者は僅かな音を媒介として、作者の思想と見ゆる者を二種以上|享《ウ》くることが出来るのであるから、非常に重宝な方法といはねばならぬ。
(二)客観的表現は、客観事象によつて惹き起された興味の印象が、全体的又は部分的に、実質的内容を蓋うて居るもので、此には叙景的のものと叙事的のものとがある。
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(イ)桜さく遠山どりのしだり尾のなが/\し日もあかぬ色かな(後鳥羽院、新古今)
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忍れどこひしき時はあしびきの山より月のいでゝこそ来れ(貫之、古今)
波まより見ゆる小島のはま楸ひさしくなりぬ君にあひ見で(勢語)
津の国の浦のはつ島はつかにも見なくに人の恋しきやなぞ(雅成親王、玉葉)
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いづれも景を叙するのは、ある語を喚び起す為の用意なので、短くて用を達するのもあるが、大抵長くなる様である。
叙景によつて与へられた印象が、しつくりと実質的内容にあてはまるものでなくてはならぬ。あてはまるといふのは、必しも関係のある事実を述ぶる必要はない。唯その形体的内容の聯想が、実質的内容と、傾向を一にして居ればよいのである。此には屡失敗したものがあるが、左のものゝ如きは成功して居る。
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(ロ)ますらをがさつ矢たばさみたち向ひ射るまとかたは見るにさやけし(万葉)
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よひにあひてあしたおもなみなばりにかけながき妹がいほりせりけむ(同)
あしびきの山どりの尾のしだり尾のなが/\し夜をひとりかもねむ(同、作者未詳)
たちのしり鞘にいり野に葛ひく我妹ま袖もて着せてむとかも夏葛ひくも(万葉)
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叙事的表現といふのも、畢竟、此うちにこめて説く事が出来ようと思ふ。ある観念、又はある思想を喚び起す為に、他
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