う[#「う」に傍線]の韻にかへて用ゐることは最も多い)。たとへば東京でおむこう[#「おむこう」に傍線]といふ所を大阪ではむかいさん[#「むかいさん」に傍線]といふ。この傾向は古浄瑠璃に遠からぬ時代の作物についても見ることができるのであるから、これはやまう[#「やまう」に傍線]ではなうてやはりやまふ[#「やまふ」に傍線]であらう。
けれども連体法と終止法とがある活用によつて別々な形式をとつたのも古いことであるから、この推論をすゝむるについてやはり別々にといておかうとおもふ。
また今日でも、あ[#「あ」に傍線]母音をもつて居ない上下二段活下一段さ行変格の動詞が他の接尾語と結びついて用言となる場合にあ[#「あ」に傍線]母音をふくんだ形をとるのは音韻の変化又は四段活、な、ら変格を類推するのであるといへばそれまでゞあるけれども、動詞活用の古形を論ずる場合に注意すべき事柄たるを失はない。
形容詞から出たよしむ[#「よしむ」に傍線]、かなしむ[#「かなしむ」に傍線]などはよし[#「よし」に傍線]、かなし[#「かなし」に傍線]で体言になつてをるので、よ・む[#「よ・む」に傍線]、よみ・す[#「よみ・す」に傍線]、かなし・がる[#「かなし・がる」に傍線]、かなしく・す[#「かなしく・す」に傍線]などゝ同じ意味で、とにかく終止言の名詞法である。
動詞について今少し方面をかへて考へてみると、つる[#「つる」に傍線]といふ語が終止段からす[#「す」に傍線]をよんでつる・す[#「つる・す」に傍線]となる。上二段のふる[#「ふる」に傍線]といふ語がす[#「す」に傍線]をうけてふる・す[#「ふる・す」に傍線]となる。ゆる・す[#「ゆる・す」に傍線]は下二段のゆる[#「ゆる」に傍線]から出たのである。
下二段のなゆ[#「なゆ」に傍線]といふ動詞がなゆ・む[#「なゆ・む」に傍線]とかなよ・る[#「なよ・る」に傍線](馴寄るといふ説はよからず)とかなよ・めく[#「なよ・めく」に傍線]とかなるのは終止言ではなからうか。あぐむ[#「あぐむ」に傍線]はあく・む、おすひ[#「おすひ」に傍線]、おそひ[#「おそひ」に傍線]は多分※[#「○/六」、448−2]にす[#「す」に傍線]をそへておす[#「おす」に傍線]として(おみの子はたへの袴を七重をし庭にたゝしてあゆひなだすも 日本紀)、それに更にふ[#「ふ」に傍線]をそへたおそふ[#「おそふ」に傍線]とかおすふ[#「おすふ」に傍線]とかいふ語の連用体言なのであらう。うもる[#「うもる」に傍線]はうむ[#「うむ」に傍線]といふ終止言にる[#「る」に傍線]がそはつたもの、大阪地方のことばでおぼう[#「う」に白丸傍点][#「おぼう[#「う」に白丸傍点]」に傍線]といふのはうむ[#「うむ」に傍線]にふ[#「ふ」に傍線]がそはつたものとおもはれる。前にいうたくづる[#「くづる」に傍線]、くづす[#「くづす」に傍線]のくづ[#「くづ」に傍線]ははたしてくゆ[#「くゆ」に傍線]とおなじ意味の動詞であつたとすれば、また終止法名詞を証拠だてゝゐるのである。同様にさくむ[#「さくむ」に傍線]の語根はさく[#「さく」に傍線]の終止法名詞であらう。
すぐす、おこす、おこる、はるく、こもる、およぼすも同様にすぐ、おく、はる、こむ、およぶの終止法名詞に種々の接尾語がついたものといふことがあきらかである。
かしつく意のいつく[#「いつく」に傍線]の終止法がし[#「し」に傍線]をよんでいつくし[#「いつくし」に傍線]となり、つゞいてうつくし[#「うつくし」に傍線]に転ずる。おそる[#「おそる」に傍線]の終止法からし[#「し」に傍線]をうけておそろし[#「おそろし」に傍線]となる。さもし[#「さもし」に傍線]といふ語は、今日さむ[#「さむ」に傍線]といふ語は見るによしないが、その連用法名詞とみられるさみ[#「さみ」に傍線]にす[#「す」に傍線]がついたさみす[#「さみす」に傍線]といふ動詞があるのをみれば、そのさむ[#「さむ」に傍線]といふ語の終止法でし[#「し」に傍線]をよんだものにちがひはない。につこ・らしい[#「につこ・らしい」に傍線]といふ語が古い大阪ことばのうちにあつた。これはあほらしいとか、いやらしいとか、きたならしいとかの推量の意ではないらしい[#「らしい」に傍線]がにつく[#「につく」に傍線]といふ終止についたのである。つぐ・なふ[#「つぐ・なふ」に傍線]はつぐ[#「つぐ」に傍線]といふ終止法名詞になふ[#「なふ」に傍線]がついたのではなからうか。ひこ・つら・ふ[#「ひこ・つら・ふ」に傍線]はひく[#「ひく」に傍線]の終止言につらふ[#「つらふ」に傍線]がついたものであらう。かういふ様な意味あひから接尾語として最も多く用ゐられるる[#「る」に
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