にこやか[#「にこやか」に傍線]とかいふべきところであるが、佐夜具といふ動詞が連体名詞法からが[#「が」に傍線]といふ弖爾波をよんだ如くすぐにふはが下に[#「ふはが下に」に傍線]、にこが下に[#「にこが下に」に傍線]としたゞけではものたらぬからや[#「や」に傍線]をよんだので、多分これはゆ[#「ゆ」に傍線]といふ動詞接尾語がついたのが将然にや[#「や」に傍線]の形をとつたのであらう。たをやめ[#「たをやめ」に傍線]などもさうである。古事記あたりに手弱女(天真名井宇気比の条)と字をあてゝゐる所からたよわめ[#「たよわめ」に傍線]の転であると説明してゐるけれども、これはむしろたわ[#「たわ」に傍線]とかたを[#「たを」に傍線]とかにや[#「や」に傍線]の添はつたもので、女《メ》に対して形容詞のやうにつゞいたものと見る方が正しからう。一体や[#「や」に傍線]とら[#「ら」に傍線]とは音が近いから、或は音転であるかともおもはれる。たよら[#「たよら」に傍線](たよや、たよやか)、さはら松風[#「さはら松風」に傍線]などゝいふ語もある。あてはか[#「あてはか」に傍線]といふ語のは[#「は」に傍線]は多分あてぶ[#「あてぶ」に傍線]といふ語の将然言ではありはすまいか。今でこそ一つはあてぶ[#「あてぶ」に傍線]といひ、一つはあてはか[#「あてはか」に傍線]と清濁の区別があるけれども、それによつて語の系統を無視するわけにはゆかない。
さやぐ[#「さやぐ」に傍線]の名詞法がさやか[#「さやか」に傍線](「たくぶすまさやぐが下に」は栲衾のさやかなるもとにといふ意味であることは勿論である)である。みやびか[#「みやびか」に傍線]、なよびか[#「なよびか」に傍線]、ほこりか[#「ほこりか」に傍線]、にほひか[#「にほひか」に傍線]などのか[#「か」に傍線]はや[#「や」に傍線]が脱けたものとも、連用名詞法についたものとも思はれる。
尚や[#「や」に傍線]が単にや[#「や」に傍線]としてついたのでなしに、ある動詞からうつつたのであらうといふ事は、さゆ[#「さゆ」に傍線]の名詞法がさや[#「さや」に傍線]であり、あてぶ[#「あてぶ」に傍線]の名詞法があては[#「あては」に傍線]であるといふことによつて稍たしかめられる。
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(五)[#「(五)」は縦中横] かこ・ふ[#「かこ・ふ」に傍線]とかしづ・る[#「しづ・る」に傍線]とかいふ語がかく[#「かく」に傍線]とかしづ[#「しづ」に傍線]とかいふ語より以前にあつたこと、または偶然にかく[#「かく」に傍線]とか、しづ[#「しづ」に傍線]とかいふ語を無関係な数種の語の中に没交渉的にふくんでをつたのであるといふ証明を欲する。
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以上おぼろげながら名詞語根説について述べたつもりである。進んで用言の五段について名詞法を考へて見たいと思ふ。先づ将然言からいふと、
■将然名詞法
この段から名詞の出来ることは亀田先生が先日大学で講演せられた。先生の考では、おや[#「おや」に傍線]は老ゆ[#「老ゆ」に傍線]の将然名詞法で、綯ふ、鳴るの将然言がなは[#「なは」に傍線]、なら[#「なら」に傍線](屁)となつたのであらうとのことである。この考を借用して敷衍すると、つる[#「つる」に傍線]の名詞法がつら[#「つら」に傍線](列)、つれ[#「つれ」に傍線](連)で、さゆ[#「さゆ」に傍線]の名詞法がさや[#「さや」に傍線](―に)(―か)で、ちる[#「ちる」に傍線]の将然からちら/\[#「ちら/\」に傍線]、ちら・つく[#「ちら・つく」に傍線]などのちら[#「ちら」に傍線]といふ体言が出、足玉も手玉もゆらに[#「ゆらに」に傍線]などのゆら[#「ゆら」に傍線]はゆる[#「ゆる」に傍線]の名詞法であることは疑もない。全体副詞の語根といふものはみな体言である。用言の将然言が体言となるにはすつかり名詞となつてしまふわけにもゆかないので、体言的な副詞の語根となつて止つてるものが多いことは考へがたくはない。形容詞の語根についてもまた同様な現象をみる。若、高、優《ヤサ》(―男、―形)、浅、深などもまた動詞の将然言に形容詞接尾語し[#「し」に傍線](し、しく)がついたのである。
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若は古動詞わく[#「わく」に傍線](文献の今徴すべきものがない)の将然名詞法であつたらうといふことは、わきいらつこ[#「わきいらつこ」に傍線](わかいらつこの音韻の変化ではあるまい)もあればわくご[#「わくご」に傍線]もある。いわきなし、いわけなしもある(いときなし[#「いときなし」に傍線]、いとけなし[#「いとけなし」に傍線]がい・とき〈分別〉なしと考へ
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