メケリ》をがみ等の形を残して居る。
おもろさうし[#「おもろさうし」に傍線]巻二十二、てがねまるふし[#「てがねまるふし」に傍線]に、
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きこゑ大きみが
おぼつ、せぢ、おるちへ
あんじ、おそいよみまぶて
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と言ふ歌がある。此意味は
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名にひゞく天子がことを言はむ。
楽土なるせぢ[#「せぢ」に傍線]をおろして、
大君主をみまもりてあらむ。
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と言ふ位の意味である。此を見ても、せぢ[#「せぢ」に傍線]が神でなく、守護霊であることは、考へられる。又、くわいにや[#「くわいにや」に傍線]の例として、伊波普猷氏が引かれた、久高《クダカ》島のものには、かういふものがある。
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にらいどに、おしよけて
かないどに、おしよけて
のろがすぢ、せんどう、しやうれ
主がすぢ、せんどう、しやうれ
きみがおすぢ、みおんつかひ、をがま
しゆうがおすぢ、みおんつかひ、をがま
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此意味は、
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楽土への渡りどに、大船おしうけてあれば、
此船に祈る巫女のすぢよ、せんどう、しませ。
天子のすぢよ、船頭しませ。
われはかくして、女君のおすぢを、をがみ迎へむ。
天子のおすぢを、をがみ迎へむ。
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と言ふ意味であらうが、此は、巫女を拝み、君主を拝む事に因つて、それ/″\のすぢ[#「すぢ」に傍線]を拝む事になるので、古くから、此すぢ[#「すぢ」に傍線]と、すぢのつく人[#「すぢのつく人」に傍線]との間に、区別が著しくは立つて居らないのである。畢竟、我国古代の、あきつかみ[#「あきつかみ」に傍線]と言ふ語も、此すぢ[#「すぢ」に傍線]を有つ天子を、すぢ[#「すぢ」に傍線]自身とも観じたのである。即、主がおすぢ[#「おすぢ」に傍線]と同じことになる。但あきつかみ[#「あきつかみ」に傍線]に於ては、其すぢ[#「すぢ」に傍線]が、神に飜訳せらるゝほどに、日本の霊魂信仰が、夙《つと》に変化して居つたことを示して居る。

     四 楽土

琉球神道で、浄土としてゐるのは、海の彼方の楽土、儀来河内《ギライカナイ》である。さうして、其処の主宰神の名は、あがるいの[#「あがるいの」に傍線]大神《オホヌシ》といふ。善縄大屋子《ヨクツナウフヤコ》、海亀に噛まれて死んだ後、空に声あつて、ぎらいかない[#「ぎらいかない」に傍線]に往つた由、神託があつた。而も、大屋子《ウフヤコ》の亡骸は屍解してゐたのである。天国同時に、海のあなたといふ暗示が此話にある様である。(国学院大学郷土研究会での柳田先生の話)
昔の書物や伝承などから、楽土は、神と選ばれた人とが住む所とせられたやうである。六月の麦の芒《ノギ》が出る頃、蚤の群が麦の穂に乗つて儀来河内《ギライカナイ》からやつて来ると考へられてゐる。此は、琉球地方では蚤の害が甚しい為、其が出て来るのを恐れるからである。儀来河内は、善い所であると同時に悪い所、即、楽土と地獄と一つ場所であると考へ、神鬼共存を信じたのである。
儀来は多く、にらい[#「にらい」に傍線]・にらや[#「にらや」に傍線]・にれえ[#「にれえ」に傍線]・ねらや[#「ねらや」に傍線]など発音せられ、稀には、ぎらい[#「ぎらい」に傍線]・けらい[#「けらい」に傍線]など言はれてゐる。河内は、かない[#「かない」に傍線]・かなや[#「かなや」に傍線]・かねや[#「かねや」に傍線]と書く事がある。国頭《クニガミ》地方ではまだ、儀来《ギライ》に海の意味のあることを忘れずにゐる。謝名城《ジナグスク》(大宜味《オホギミ》村)の海神祭《ウンジヤミ》のおもろ[#「おもろ」に傍線]には「ねらやじゆ〔潮〕満《サ》すい、みなと〔湊〕じゆ満《ミチ》ゆい……」とあつて、沖あひの事を斥《さ》すらしい。那覇から海上三十海里にある慶良間《ケラマ》群島も洋中遥かな島の意らしく思はれる。かない[#「かない」に傍線]は、沖に対する辺で、浜の事ではなからうか。かな[#「かな」に傍線]・かね[#「かね」に傍線]で海浜を表す例が多いから。つまりは、沖から・辺からと言ふ対句が、一語と考へられて、神の在《いま》す遥かな楽土と言ふ事になつたのであるまいか。さうして其|儀来河内《ギライカナイ》から、神が時を定めて渡つて来る、と考へてゐる。其場合、其神の名をにれえ神がなし[#「にれえ神がなし」に傍線]と称へてゐる。
先島では、にいるかない[#「にいるかない」に傍線]を地の底と考へてゐる。にいる[#「にいる」に傍線]に、二色を宛てゝゐる。毎年六七月の頃、のろ[#「のろ」に傍線]の定めた干支の日、にいるかない[#「にいるかない」に傍線]から二色人《ニイルピト》が出て来ると言
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