ふ信仰が、八重山を中心として小浜・新城・古見の三島に行はれてゐる。石垣《イシガキ》島の宮良《メイラ》村には、なびんづう[#「なびんづう」に傍線]と言ふ洞穴があつて、祭りの日には、此穴から二色人《ニイルピト》が現れて来ると言はれてゐる。
此祭りは、少年を成年とする儀式で、昔は二色人《ニイルピト》が少年に対《むか》つて色々の難題を吹きかけたり、踊らしたりしたといふ。にいるぴと[#「にいるぴと」に傍線]は、それ/″\赤と黒との装束をしてゐたので、二色人と言うたのだと言ふが、他の島では一定した色はない。今は二色人を奈落人と考へてゐる。沖縄の言葉は、日本語と同じく、語部に伝誦せられた神語・叙事詩から出たものが多い。だから、対句になつてゐる儀来河内《ギライカナイ》も其例の一つと見てよい。
沖縄本島から北の鹿児島県に属する道の島々並びに、伊平屋《イヘヤ》島に亘つては、其浄土を、なるこ国[#「なるこ国」に傍線]・てるこ国[#「てるこ国」に傍線]と言うてゐる。其処から来る神の名を、なるこ神[#「なるこ神」に傍線]・てるこ神[#「てるこ神」に傍線](又、ちりこ神[#「ちりこ神」に傍線])と言ふ。なるこ[#「なるこ」に傍線]は勿論、にらい[#「にらい」に傍線]系統の語であらう。此|伊平屋《イヘヤ》島は南北の島々の伝承を一つに集めてゐる様に見える場所で、沖縄本島近辺と同じく、にらいかない[#「にらいかない」に傍線]を信じ、にらい神[#「にらい神」に傍線]・かないの君真者《キムマムン》[#「かないの君真者《キムマムン》」に傍線]の名を言ふと共に、なるこ神[#「なるこ神」に傍線]・てるこ神[#「てるこ神」に傍線]を言ふ。其ばかりか、まやの神[#「まやの神」に傍線]・いちき神[#「いちき神」に傍線]といふ名称をさへ、右の海を渡つて来る神に、命《ナヅ》けてゐる。
まやの神[#「まやの神」に傍線]は、石垣島で六月の頃行ふ穂利《フリ》の祭りの日に、ともまやの神[#「ともまやの神」に傍線]を連れて家々を祝福して歩く神である。此神には勿論、村の青年が仮装するのであるが、村人は、神である事を信じてゐる。手四箇では盆の四日間にあんがまあ[#「あんがまあ」に傍線]が来る。もとは芭蕉の葉で面を裹《つつ》んでゐたが、今は許されなくなつて薄布を以てする。また、老人の神うしゅめい[#「うしゅめい」に傍線](おしゅまい[#「おしゅまい」に傍線])・老婆の神あつぱあ[#「あつぱあ」に傍線]に連れられて来る亡者の群もある。此等は皆、同一系統のもので、後生《グシヨ》から来ると言ふ。後生《グシヨ》は、地方に依つては墓の意味に用ゐられてゐる。まやの神[#「まやの神」に傍線]は、何処から来るか、訣らない。まや[#「まや」に傍線]には猫の義があるが、此処ではそれではないらしく、土地の名であらう。此信仰は台湾に亘つて、阿里山蕃族が、ばく/″\わかあ山[#「ばく/″\わかあ山」に傍線]或はばく/″\やま[#「ばく/″\やま」に傍線]から出て、分れて一つはまやの国[#「まやの国」に傍線]へ行つたと言ふ伝説があるから、琉球の南方でも、恐らくまや[#「まや」に傍線]を楽土と観じてゐたのであらう。
なるこ・てるこ[#「なるこ・てるこ」に傍線]は、北方|即《すなはち》道の島風であり、まや[#「まや」に傍線]・いちき[#「いちき」に傍線]は南方、先島《サキジマ》風の呼び名である。而も更に驚くのは、やはり右の渡り神を、場合によつては、あまみ神[#「あまみ神」に傍線]とも言うてゐる事である。あまみ[#「あまみ」に傍線]は、言ふまでもなく、琉球の諾冉二尊とも言ふべきあまみきょ[#「あまみきょ」に傍線]・しねりきょ[#「しねりきょ」に傍線]の名から来てゐるのである。あまみきょ[#「あまみきょ」に傍線]・しねりきょ[#「しねりきょ」に傍線]は、沖縄本島の東海岸、久高《クダカ》・知念《チネン》・玉城《タマグスク》辺に、来りよつたと言ふ事になつてゐるが、其名はやはり、浄土を負うてゐるものと見られる。ぎょ[#「ぎょ」に傍線]・きょう[#「きょう」に傍線]・きゅう[#「きゅう」に傍線]などは、人《チユ》から出た神の接尾語で、あまみ[#「あまみ」に傍線]・しねり[#「しねり」に傍線]が神の国土の名である。其を実在の島に求めて、奄美《アマミ》大島の名称を生んだものであらう。しねり[#「しねり」に傍線]に、儀来(ぎらい・じらい)との関係が見えるばかりか、あまみ[#「あまみ」に傍線]のあま[#「あま」に傍線]には、儀来同様、海なる義が窺はれるのである。
決して合理的な解釈を下す事は出来ない。北方、奄美《アマミ》大島から来た種族が、沖縄の開闢をなしたと考へるのは、神話から孕んだ古人の歴史観を、其儘に襲うた態度である。あまみ[#「あまみ」に
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