れぬ。遠く別れて居た者の、我が土地――難波津は、大和の国の内と観じたのだ――家に還り来ると、物忌みは解除せられるのだ。其双方の身にぢかにつく下袴・裳などにした物が、ふもだし[#「ふもだし」に傍線]の禁欲衣などにもつく処から一つに考へられて行つたのだ。だから必しも、紐が下佩びは勿論、貞操帯の意義でもなかつたのである。記・紀から見えるひも[#「ひも」に傍線]の信仰は、もつと広いものであつた。妻・愛人の結《ユハ》ひつけた守護霊の籠められた紐の緒が、ついて居る以上、此に憚る風も生じたのである。下袴の紐をさう言ふ欲望の物忌みの標とする考へが行はれてゐた訣ではない様だ。
かう言ふ訣で、旅行者の歌には、妻の魂の逸出せぬ様にとの考へで、此ひも[#「ひも」に傍線]を問題にするものが多かつたのだ。其が、妻を偲ぶ歌心を展開して来たのである。又同時に、郷家の寝床に、我が魂の一部は、分離して留るものと信じてゐた。其為に家や床や枕を言ふ風が出来て居た。
[#ここから2字下げ]
たま藻刈る 澳べは漕がじ。しきたへの枕のあたり 忘れかねつも(巻一)
[#ここで字下げ終わり]
此宇合の歌なども、今日は頻《しきり》に家の
前へ 次へ
全67ページ中47ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング