朝末以来の学者が行うた仮説以外に、もつと正しいに近い推定を置く事が出来る。さうして又、其が新しい時代の幾多の補助学を負ふ者の権利であると信じてやつて来た事を、快くうけ容れて下さる事と信じる。くり返して言ふ。万葉集研究の徒にとつて迷惑な事は、何よりも、一等資料のない事である。かうした場合、万葉自身の分解に加ふるに、文学史的見解、及び民俗学的推理の業蹟が、大きなものであることを悟らねばならぬ。
私は、万葉人の歌を作り又、伝へた心持ちを考へた。さうして、其が従来の考へ方では、受納しきれない部分の多い事を説いた。或は倖にして、文学意識や、態度の発生した形を覓め得たかも知れない。さうしてうた[#「うた」に傍線]及び、其同義語の本義と転化とを示し得た様にも感じてゐる。さうして或は、宮廷と民間とにおける文学の相違及び其歩みよりの俤を、読者に描いて頂けたかも知れない。さうして尚幾分でも、長い万葉集時代における中心推移を髣髴せしめ得たかも知れぬと、微かな自得を感じてゐる。私は常に、老いた対象を捐てゝゐる。理会に叶ひ難い文章も、若い感受性に充ちた朗らかな胸を予想してかゝつてゐるのである。

     一一
前へ 次へ
全67ページ中32ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング