は、極めて自然な展開ではあるが、漢文学の叙景法の影響も考へねばならぬ。叙景に徹せず抒情に戻る表現上の不確実性を、ある点まで截り放つたのは、漢詩からの黙会である。
自然描写をはじめて行うたのは、黒人である。人麻呂には、其に達した物はあつても、まだ意識しての努力ではなかつた。黒人には、又一種の当時としては、進んだ――併し正しくない――文学上の概念があつた。体様の違うた作物を作らうとする和歌式の上の計画もあつたらしい。けれども多くは其に煩されない作物を残した。彼は自然描写をし遂げた。一方又、静かな夜陰の心境を作物の上に見出した。此は彼以前からも兆してゐたものだが、彼に具体化せられて、後|之《これ》をまねぶ者が多くなつた。赤人の「夜のふけゆけば楸《ヒサギ》生ふる……」なども其だ。
此は、古代人の旅泊に寝て、わが魂の静安を欲する時の呪歌の一類から転成したもので、万葉集より後には、類例を見なくなつたものである。
山部赤人は亦、宮廷詞人の一人らしいが、長歌及び抒情短歌は人麻呂をなぞり、叙景詩は黒人を写してゐる。が、其を脱却して、個性を表す様になつた。彼の長所とせられ、古今集以後に影響を与へた、四季雑
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