ゝでは、宮廷での事のみを述べておく。
長い叙事詩の中で世に遺り易いものは、人々の興味を惹く部分である。長い叙事詩の中、興味の極《ごく》濃厚な部分は、脱落して歌はれる様になつて来た。即、長い叙事詩の中で、英雄物語の部分や、唱和の歌の一部分をのみ歌ふ事が出来て来た。是を大歌《おほうた》と言ふ。
大歌として独立すると、是が愈《いよいよ》声楽としての価値を高めて来る。古事記・日本紀の事実は、昔から伝つて居る語部の物語から書きとつたものもあらうが、独立して大歌自身に伴うた伝説が、這入つて居ると見られるのもある。宮中の音楽が段々一種の職業として認められる様になると、大歌を謡ふ者が出来て来る。即、大歌謡ひである。宮廷の祭事などに叙事詩から出て来た大歌を歌ふ習慣が出来て来たのである。譬へば日本武尊が亡くなられた時、其后や皇子の作られたといふ歌が、時に歌はれる、と言ふ事実が現れて来る。
ところが世が複雑になり、人の感情が細かになると、現在以上の歌を要求して大歌を創作する様になつて、宮廷詩の行はれる機運が起つた。是は日本の古い書物を見ると、大体古い飛鳥の都、即、舒明天皇・皇極天皇の頃からはつきりと現れて来
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