き伝記を、書紀に残されたのも、単純な偶然として片づけられぬ気がする。先の二帝の性格に絡んだ万葉人の考へを手繰り寄せる、ほのかながら力ある、一つの手がゝりではあるまいか。

     三

此話を進めてゐて始中終《しよつちゆう》、気にかゝつてゐる事がある。私の話振りが、或は読者をしておほくにぬし[#「おほくにぬし」に傍線]の実在を信じさせる方へ/\と導いてゐはすまいか、といふ事である。昔の出雲人が、大勢で考へ出して、だん/\人間性を塗り立てゝ来た対象に就て云うて来たのである。おほくにぬし[#「おほくにぬし」に傍線]の肉体は、或は一度も此世に形を現さなかつたかも知れぬ。併し、拒む事の出来ないのは、世々の出雲人が伝承し、※[#「酉+榲のつくり」、第3水準1−92−88]醸して来た、其優れたたましひ[#「たましひ」に傍線]である。神代の巻に現れるどの神々よりも、人間らしさに於ては、其色合ひが濃く著しい此神に、ほのかながらも変つた見方のあつた事を伝へてゐる。地物《チブツ》の創造性として、天地《アメツチ》造らしゝ神と讃へられた事は、風土記と万葉とを綜合すれば知れる。其さへ亦《また》、神性・人間性の
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