、これから伊勢參宮する同宿の遊女二人の事を書いてゐる。ところが、其書き方を見ると、市振の關の事を立ち戻つて書いてゐるのか、先へ行つて泊つた處か、どうでもとれるやうに書いてある。文章から見ると、市振での出來事に就て書いてゐると見るのが當り前だ。隨行日記で見ると、翌日市振を發つて、越中の國、滑川へ泊つてゐる。だからこゝの處は市振の出來事だと見ていゝ。ところがそこでは、一間隔てた座敷に、若い女が二人話してゐる。年寄つた伴の男の聲も聞える。こゝまで送つて來た此男が、明日は新潟にたつかするので、遊女たちが手紙を書いて、これに言傳てなどしてゐるところだ。
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しらなみのよする汀に身をはふらかし、あまの子の世をあさましう下りて、さだめなき契、日々の業因、いかにつたなしと、物云を聞々寢入て、――
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いかにも小説的な場面を、海岸の宿屋で、海邊の述懷らしいことばで佗び合はしめてゐる。處で翌朝になつて、芭蕉の前で言ふことには、女の旅で頼りないから、見え隱れに後について行きたい、あなたは出家の御方の樣に見えるから佛の惠みに與らしてくれ、と言つたが、自分等は旅の所々で
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