ようが、「そのあしきさまやまずて、うたてけに、天照大神……」と続いて行くのではないか。「うたてあり」に遅れて出たのは、「うたてく」といふ形で、かうして近代になると、「うたてし」「うたてき」又、「うたてい」なども、使はれ出した。
愈益など言ふ意義が、非常にと謂つた意義から、叙述語に没入して、憂愁を表す語となつて、遂には其自身その用語例にのみ在る語の様に考へられ、又擬活用を生じ、更に純然たる形容詞のやうな姿をとる事になつたのだ。

     八
       ――袖も照るかに

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まきもくの 穴師の山の山びとゝ 人も見るかに、山かづらせよ(古今巻二十)
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私は、何を言はうとしたのかを、今述べねばならぬことになつた。何よりもまづ、文法意識の推移と言ふ事に注意を向けて貰ひたい点に、目的があつたのだ。さう言ふ立ち場においてのみ、文法と国語との、自由な関係が見られるので、此をちつとでも固定させては、もう論理的遊戯に陥る事を述べたかつたのだ。
だが、当面の例題として、私の採つたものは、過去の日本語が、今日の国語においては、無用と思はれる様な表情法の幾つか
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