わり]
「べく」の例ではあるが、大体において同型であることは、言ふを俟たない。その上に言つてよい事は、全体として、「かに」よりは、「べく」の方が、近代的な感触を持たせた発想法であり、文法でもあつたと言ふ点である。それが更に、端的に「けぬべく」を固定して行つたらしいものに多く見ることが出来る。
「べく」を以てした万葉に現存する例では、「露」と「雪」とが、数を争ふ程、人気のあつた事を示してゐる。さうして、我々が最妥当性を感じる霜においては、却て尠くなつて来て居る。だが、当時実際の歌謡界において、さうであつたと言ふ訣には行かないと考へる。
「失す」「過ぐ」或は「立つ」などを起すのが慣用である所の、霧に用ゐられたものすらある。
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思ひ出づる時は すべなみ、佐保山に「立雨霧乃応消《タツアマギリノケヌベク》」思ほゆ(同巻十二)
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此は、類型の一転であらう。
かう言ふ風に、天象の中、降りながらふ物に自由に移つて行くのは、慣用と頓才的飛躍がさうさせるのである。枕詞の内包が性質を換へて行くのと、同じ行き方に過ぎない。
これほど、「消ゆ」と言ふ、銷沈、煩悶或は
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