那志按司一員が出てゐる。敬称ばかりのやうだが、極めて素朴な神名から転じたらしい感情を持つたものだ。嘉那志按司君など言ふ風に、必しも正逆を論じなくとも、適切感が浮んで来る。かう言ふところに正逆の別れる以前の気味合ひが窺はれるのだらう。
今一つ、此は更つた気持ちのするものだが、君清良大按司志良礼《キミキヨラオホアンジシラレ》(尚氏北谷王子朝里女、尚氏具志頭按司朝受室)は、記録上の一員の名をあげたもの。「きよらぎみ……」と正語序には行つてゐない。この女君名は、如何にも拝所その他に斎く神名にもありさうな古風なもので、神号としても古いものだらう。言はゞおもろ[#「おもろ」に傍線]風の名である。
弓張月を読んだ人は、皆「君真物《キンマモノ》」といふ霊物を、異様な妖怪のやうに感じた記憶をお持ちだらうが、沖縄では極めて神聖な君であつた。王宮附近に託遊する神で、神々の中、最霊威のあるものと見たのである。だが、首里にのみ現れるのでなく、所々に出たやうである。八重山攻めの際も、「彼島の君真物現れ、君南風を迎へる」と伝へてゐる。
おもろ双紙[#「おもろ双紙」に傍線]尚真を讃美したおもろ[#「おもろ」に傍線]に
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