程なのである。
離島の大女君の中、伊平屋の阿母加那志につぐものは、久米島の君南風《キミハエ》である。近代、きんばい[#「きんばい」に傍線]・ちんべい[#「ちんべい」に傍線]など言ふ。南風《ハエ》は、日本語の南又は南風を意味する。沖縄語は南が即はえ[#「はえ」は太字]なのだが、日本の用字になじんで、はえ[#「はえ」に傍線]に南風を当てたので、意は南方であり、君南風は南君《ハエキミ》である。南方諸離島の女君の代表的なものであり、八重山征伐の時も、先導として出向いてゐる。実際|南《ハエ》の君なのである。君南風が逆語序なることは、まづ問題はないだらう。
君といふ称へは、女君の首長「聞得大君」をはじめとして数多い中にも、正語序のもの、逆語序のもの、様々になつてゐる。
四 君々
女官御双紙には、きみとよみ[#「きみとよみ」に傍線](真字、君豊)の名をあげて、其位置にあつた尚豊王の妃以下三人の貴女をあげてゐる。きみとよみ・あんじ[#「きみとよみ・あんじ」に傍線]の外にも類例はあつて、きみつしあんじ[#「きみつしあんじ」に傍線](君辻按司)といふのがあつたことも記されてゐる。
別に、君嘉
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