」「子何」に当る意義を示す。
琉球の方で言ふと、犬ぐわあ(犬小)が「小犬」であり、橋小《ハシグワア》が「小橋」であることを通例としてゐる。東北方言における「橋こ」「犬こ」である。我々は今「橋子」「犬子」といふ風に感じるが、小犬・小橋でもない替り、橋子・犬子でもなく、鍾愛の橋、可憐の犬なることを示す、心理的表現なのである。形は同じであつて、彼と是とでは、両方に別れてゐる。だが、沖縄では必しも、今も昔も、両方に渉つて用ゐられてゐる例が、ないとは言へない。寧ろ一つの偏向として、差等観を示す「何小」が次第に殖えて来たまでゞあらう。一つの心理を元としてゐるものなのだから、中間の観念が次第に自由になつて、両方に跨つて使はれるやうになつたものと思はれる。
併し何としても、形は純乎たる逆語序である。おなじ小観念を示すものに、小《グ》(<小《コ》)がある。鳥小堀・魚小堀など言ふ地名がある。首里の「とんぢよもい」、那覇東村の旧地「うをぐぶい」など発音する地が其だ。小は、く・ぐ(<こ・ご)であるから、ぐわあ[#「ぐわあ」に傍線]と音韻上関係がありさうに見えるが、此は、別の語である。其に語序も、濠・渠を意味す
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