つて来、又|自《オノヅカ》ら生じるものがあつて、唯とる[#「とる」に傍線]・みる[#「みる」に傍線]との機械的な接合ではない。古くはとりみる[#「とりみる」に傍線]であつたのが、何時か、「みとる」に移つてゐる。「みとる」は看護すると言ふ風に飜訳せられてゐるが、直接にめんどうをみ[#「直接にめんどうをみ」に傍線]・世話する[#「世話する」に傍線]と言つた所から、介抱する・看護するといふ風になつて来たものなのだ。とりみる[#「とりみる」に傍線]もおなじであるが、母がとりみる・妻がとりみるなど言つて、看護よりも手づから、髪や、手や身など持つて、撫で育むやうな用例だから、今少し、個々の表現のしかたで、自由な意味に動いて行くことは考へられる。大体において、とりみる[#「とりみる」に傍線]・みとる[#「みとる」に傍線]には語序時期が示されてゐる。
其と共に、これなどは語序転換の根本条件なる、言語部族の変化と言ふことに関係は薄いかも知れぬ。語序の変化を経歴した語族の中で、単一な時代的変化が起つて来る。一部族の中に、語序変化の起るといふことの事実を見せてゐる例だとすることも出来よう。併しこれなどは、語
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