、内容側より、語だけの譬喩が先だち、譬喩よりもある語・ある音を起すと言ふ形が古い様である。枕詞の成立には色々あるが、古い枕詞はある音を起す為のものである。其からある意味を持つたものとしての語に係る様になつて来る。長短で時代を分けることは出来ないが、大体に於てまづ此区別はある。
古いものほど、意味に関係なく、短い音を呼び起すことになつてゐる。即、序歌の小さくなつた形である。前の万葉の歌などは、其だ。其も、固定した枕詞が出来るまでには、かなり年代を経て居るので、今の合理観には這入つて来ないのも道理である。
枕詞と認められてゐるもので、元は違ふ筈のものがある。地名を重ねたもの、単なる修飾句、皆今は枕詞として扱はれてゐるが、序歌と聯絡のあるものが正統とすれば、此は別のものと考へた方がよい。唯其中、混同せられて厳重な意味の枕詞になつてゐるのもある。「石《イソ》[#(ノ)]上《カミ》ふるき」など言ふのは、地理を表す習慣的の表現が、枕詞として働き出して来たのである。地形を現す語を直に地名とし、移住すれば地名を持つて行くと言つた原因で、同名の分布が多い。其為に、隣国・隣邑の名を連ねて呼ぶので、大地名の下に小地名を並べるのではない。布留《フル》が多いから、石[#(ノ)]上の傍の布留と言へば間違ひはない。志賀と言うても、筑前にも名高い地があるから、漣《サヾナミ》と地名を連呼する。此は、沖縄には今も行はれてゐる。其でも、地名の方は、連呼法の記憶や実用が乏しく残つた為に、大した混同はなかつた。
枕詞の使用久しくて、其をうける語との結合が密接になりきつてしまふと、枕詞が実質の内容を持つことは、万葉あたりにも見える。たらちね[#「たらちね」に傍線]・あをによし[#「あをによし」に傍線]・ひさかた[#「ひさかた」に傍線]などは、其である。
枕詞は、同音異義を区別する為に出来たと言ふ説をなりたゝす為には、あまりに痕跡もない。だから極めて古い時代に、其実地に行はれた期間を考へ据ゑなければならない。枕詞は段々内容の方に進んで行つて、ひさかたの[#「ひさかたの」に傍線]と言へば、天に属する物には自由につくやうになり、ぬばたまの[#「ぬばたまの」に傍線]は黒色の聯想が、夜に及ぶことになつた。

     三

枕詞が日常対話に用ゐられたことは、考へられない。託宣の詞に限つてあることであつた。其が、叙事詩・寿詞に結びついて伝誦せられ、民謡・創作詩の時代になつても、修辞部分として重んぜられてゐた。創作詩の時代に、枕詞の新作せられたのもあるが、記紀などに、見えるのは、多く固定した死語として物語の中に伝はつたものである。
社会局の谷口政秀氏は、枕詞は沢山ある物語の心おぼえで、何々枕詞の最初にある物語と言ふ風にして居たのだらうと言はれた。此もおもしろい考へではある。自然さうした為事も出て来たにしても、起りは其では、説明が出来ない様である。
譬喩表現をとり入れてからは、枕詞や序歌は、非常に変化して了うたが、元は単純な尻取り文句の様なものであつたのである。其が内容と関聯する様になると、譬喩に一歩踏み入る事になる。忽《たちま》ち対句の方で発達した譬喩表現に圧倒せられて、姿は易つて了うたが、でも、玉桙・玉梓《マヅサ》と言へば道・使を聯想したのは、譬喩にばかりもなりきらなかつたのである。駆使《ハセツカヒ》に役せられた杖部《ハセツカヒベ》の民の持つたしるし[#「しるし」に傍線]の杖を、棒《ホコ》と言ひ、棒の木地から梓と言うたのである。かうしたものは、段々なくなつて、純粋譬喩に傾いたのが、主として人麻呂のした為事であつた。死んだ一様式を文の上に活して来たわけである。
[#ここから2字下げ]
秋|葱《キ》の甚重《イヤフタ》ごもり 愛《ヲ》しと思ふ(仁賢紀)
山川に鴛鴦《ヲシ》二つ居て、並《タグ》ひよく並《タグ》へる妹を。誰か率《ヰ》にけむ(孝徳紀)
[#ここで字下げ終わり]
此等は単に譬喩であつて、古い意味の枕詞ではなかつたであらう。其が、藤原・奈良になると、両方から歩みよつて了うたのである。
枕詞と言ふ語は、後世のものであるが、古い形のものと、新しい形のものとを分けて言ふ場合、おなじく枕詞と言ふ名で扱はれて来たものゝ間にも、区ぎりは置かねばならぬ。枕詞と言ふ名はよくない。唯仮りに用ゐる外はなかつたのだ。だから、枕詞の本体は寧、道行きぶりや、物尽しの方へ伝はつて行つてゐるのであつた。
日本の律文には、古くから「比」と「興」とはある点まで分立して進んで居たのであつた。序歌・枕詞の方は、気分を示す方面へ進んだ。
[#ここから2字下げ]
みつ/\し 久米の子らが 粟生《アハフ》には、かみら一本。其根《ソネ》がもと、其根芽《ソネメ》つなぎて、伐ちてし止まむ(神武記)
[#ここで字下げ終わり]
譬喩の
前へ 次へ
全4ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング