つて来る。かうなるのには、寿詞の方から出た理由があるのである。

     二

祝福する文章の表現は常に「何々の如く何々なるべし」と言ふ風の詞を幾つも並べて、対象を「ほ」にあやからせようとする。根本はとうてむ[#「とうてむ」に傍線]関係の呪術から「何々の威力を持つて何々を守らう」とする考へなのであつた。其を、象《ホ》の各方面から解釈し、占あつて言ふ習慣に結びついて来た。家ほき・酒ほきの元は、人命の祝福の「ほ」を家・酒に求める事だつたのである。其が人と共に家・酒を祝福する事に易《かは》つて了ふ。家なり酒なりの色んな状態で以て、ほく[#「ほく」に傍線]ことになる。各部分の特徴を人命の長久堅固に聯想して理由づけて行く。譬喩を含む対句は寿詞の側から出て発達したものと見られる。だから、古代の歌ではみな譬喩を持つたものは、やはり対句として複譬喩で出来てゐる。
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神風の伊勢の海の 大石《オホシ》に 這ひ廻《モトホ》ろふ 細螺《シタヾミ》の い這ひもとほり、伐ちてしやまむ(神武記)
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此は単譬喩の歌である。
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……群鳥《ムラトリ》の吾が群れ往なば、ひけ鳥のわが引け往なば、泣かじとは汝《ナ》は言ふとも、やまとのひと本薄《モトスヽキ》、うなかぶし汝が泣かさまく、朝雨のさ霧に立たむぞ……(古事記上巻)
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神代の歌と伝へるけれど、譬喩としては進んだものである。殊に後の二つは時間も空間も写されて居る。此等は、枕詞と名づけられて居るが、かうした譬喩ばかりから枕詞が出来たとは極められない。
枕詞から序歌が出来たと考へる人が多い。併し、一考を要する。単純から複雑になるのではなくて、世界の理法では、複雑が単純化せられて行くのが、ほんとうである。わりに自由な、かなりの長さの序歌から整うて来たのが、枕詞なのだ。
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……さ寝むとは われは思へど、汝が著《ケ》せる おすひの裾に つきたちにけり(古事記中巻)
こもりくの泊瀬の川ゆ 流れ来る竹の いくみ竹 よ竹、本べをば箏に造り、末べをば笛に造り、吹き鳴《ナ》す御諸《ミモロ》が上に 登り立ちわが見せば、つぬさはふ磐余《イハレ》の池の みなしたふ 魚も 上に出て歎く(継体紀)
やすみしゝわが大君の、帯ばせる さゝらのみ帯の 結び垂れ 誰やし人も 上に出て嘆く(同)
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大部分が事柄と謡との二部に分れた譬喩を持つた短い本文に続く為に使はれ、一つづゝの気分を捉へるまで漫然と語を行つてゐる。其がある語に行き当ると、急に考へが纏つて了ふ。結果から見れば、予定あつてした修辞法に見えるが、元々出任せに詞を聯《つら》ねて行くのである。だから中には紀行か物づくしのやうな物が出来て来る。此が進むと、並べて行く無意味な詞の部分々々に考へを結びつけて、終末に近づいてから思想を一貫させると言ふ風になる。日本の道行きぶり・物尽しの起原は、抑《そもそも》此処に発して居る。
的確な考へを捉へないで、而もくどい物狂ひの詞が、内容乏しく、呆けた眼に映じ、心に動く事物の介添へで、言ひ方は早いが思想はのろく移つて行く。象徴的ではあつても、要領を得ない文句である。神話の口頭文章に発した修飾法が、さう言ふ発生点を忘れても、かうした発想法を守つて居たのは、やはり考へは詞を述べる中に纏つて来るからである。三題噺その他の話術家の心持ちは、此処にあるのである。
矚目の事は、外景を叙して行く中に、段々考への焦点に入つて来る。気分は描写に転じて来たのだ。だから、一本の木の下枝・中枝・末枝と言ふ風に述べて行く。どこを船で通り、次にはどこの村が見え、其また次にはどこにつき、其先のどこへ行つたといふ風に叙述してゐる中に、描写性が語から促されて出て来る。
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ますらをが さつ矢たばさみ 立ち対ひ、射る的方《マトカタ》[#「的方《マトカタ》」に傍線]は、見るにさやけし(万葉巻一)
橘を守《モ》り部《ベ》の家の門田早稲 刈る時過ぎぬ[#「時過ぎぬ」に傍線]。来じとすらしも(万葉巻十)
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後の歌などは殊に、約束の秋即稲刈りの時節が過ぎたのに、と言ふ風に見えるが、実は「時」を起すだけなのは極端である。
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葛飾《カツシカ》の真間《マヽ》のてこな[#「てこな」に傍線]がありしかば、真間のおすひに浪も[#「真間のおすひに浪も」に傍線]とゞろに(万葉巻十四)
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此なども、耽美派の真淵は、浪さへ処女を讃へに来たと言ふ風に誤解した程であるが、唯「とゞろに」を起す為の譬喩序歌である。
かうした方法が段々簡潔になり、譬喩としての効果を確実に持つて、枕詞が定まつて来たのである。譬喩でも
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