ケキミ》の琴歌によつて、闘鶏御田《ツゲノミダ》を免されたこと、木工|猪名部真根《ヰナベノマネ》の刑死する時、真根の友匠《ナカマ》の惜んで歌つた歌によつて命を助けられたことなど、歌もて怒りの魂を鎮めた伝への多かつたことが訣る。恐らく人の怒り哮《タケ》つた時、之を鎮める為に歌つた呪歌を、凡ゆるこの長谷《ハツセ》天皇の故事に基くものと伝へるやうになつたのであらう。其ほど又直に怒り、直に和む、古代人らしい心うつくしい、天子として伝へたのである。だから霊魂の怒りについて、尚此天皇の関聯を説く伝へが、令集解「葬喪令」の遊部《アソブベ》の項の古註にも見えるのである。長谷天皇崩じて後、殯宮における御むくろに鬚毛長く伸びるまで、御魂しづまることなく荒《アラ》びられたことを記してゐる。之を鎮めたことを以て、遊部《アソブベ》の職の起原を説いたのだ。霊魂の遊離発動が、怒りの原因となること、固よりである。死後にもかうして、怒りがあるとした。此らの怒りを鎮めた事の伝へから、男性の怒りに関することは、長谷天皇に仮託して言ふやうになつた。
志都歌の「しづ」は、第二義における鎮魂呪術に関して言ふのである。第一義の鎮魂は
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