ない。大歌のすべてに共通した目的なる鎮魂呪術の印象を、――其が漸く忘れられて来た後までも、最著しく而も、後代的に変化した意味で――持つてゐたのが、志都[#「志都」に傍点]歌である。鎮魂信仰については長い説明を要するが、威力ある外来魂を、体内に安定する義(第一)、此方は、字は鎮魂であるが、語は古くはたまふり[#「たまふり」に傍点]と言つてゐる。
又、興奮によつて遊離する魂を鎮定する義(第二)以下、いろ/\の考へ方が生じて来たが、普通は、唯無意識に、不可抗的に遊離する魂が、体外に於て、他の危険な魂に行き触れるのを避ける為に、魂を呼び返し、体内に固着せしめると言つた呪術を、鎮魂法と考へてゐるのである。最古いのは、第一だが、第二義も亦早くから、信じられてゐたらしい。其は多く、怒りとなつて現れる。魂の遊離によつて、極度な憤怒を発する。其魂を体内に請《コ》ひ返して鎮めると、怒りは釈《ト》けるものと信じてゐた。憤怒の最素朴に発し、また鎮静した伝へは、雄略天皇に多かつた。采女《ウネメ》や舎人《トネリ》を殺さうとせられた怒りが、歌を聴いて、即座に之を赦す心に迫られたと言ふ類の伝へ、其から秦酒公《ハダノサ
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