人を哀しませる部分だけは書きとめて居る。唯違ふのは、伊予の国に流されたのを、女王だとする伝へを書いた点である。ところで、此貴い女性が恋慕に堪へず、兄みこの後を慕うて遠い旅に出た時の歌の中の一首といふのが、万葉集の巻二の巻頭の相聞歌――かけあひの歌――の中にも、記載せられた。たゞ万葉には、他の三首(或は四首)の歌と共に、作者を其女みこの祖母なる、難波高津宮の皇后磐姫と伝へる点が変つてゐるのである。歴史に伝へる行跡を近代の感情で理解して行くと、女みこは極めてやさしく、心は其かんばせ[#「かんばせ」に傍点]に匂ふが如く、美しい女性《ニヨシヤウ》であつた。その祖母君なる万葉集の作者は、日本妬婦伝のはじめに居るほど、人をやき、おのれを燃すすさまじい情熱を伝へられたねたみづま[#「ねたみづま」に傍点]であつた。而も、その詠歌と伝へるものを見れば、かくの如く優に、然《シカ》、人をして愁ひしむる、幽かなる思ひを持つたお人と、昔びとは伝へて来たのであつた。史学者や、文学研究者は、古事記万葉の伝へのいづれかゞ誤つてゐる証拠を、この歌から獲ようとするだらう。だが其より大切なのは、嫉みづまと、情濃《ナサケコ》
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