なるであらう。
妬婦伝と相愛別離譚とは、全然別殊のものだと思ふ人がないとも限らぬ。が少くとも、古代日本のつま物語りには、如何にしても放つことが出来ないほどの絡みあひ[#「絡みあひ」に傍点]があるのだ。
其分類のよつて来る所を言ひながら「つま[#「つま」に傍点]物語」の原因も説いて行けると思ふ。
つまわかれ[#「つまわかれ」に傍点]の物語のあはれは、日本人が記録書を持つた時代には、既に知り尽し、聞き旧《フル》して居た。記紀万葉其いづれを見ても、我々の想像もつかぬ程古き世の祖先を哭かしめ、愁ひさせた長物語が、少からず載せられてゐるのである。その最古代の人ごゝろを泣き覆らしめたものは、「天田振《アマタブリ》」と言はれた歌群と、其から其等と起原が一つだとして伝へられてゐる歌々である。
人の家の子としてはこの上なく貴い兄みこと妹みことが、つまどひの末、兄は宮を追ひ逐《ヤラ》はれる。古事記は、如何にもさうした物語が記録以前に、語《カタ》りを職とする者によつて、世に広く、時久しく諷誦せられたことを思はせるやうな、美しい歌詞の多くと、其を擁《イダ》く叙事体の詞章の俤を止めてゐる。日本紀にも、簡単ながら
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