」に傍点]と言ふ風に、なつて来たやうである。併し其は壬生選定に関する附随条件であつた。主要なものは、聖なるみこ[#「みこ」に傍線]は、生れ立ちから、宮廷の人でありながら、他氏の手で養はれて育つと言ふ点である。其養育の任に当る壬生氏に、種々な家が選定せられた。かうして生《オフ》し立てたみこ[#「みこ」に傍線]が、聖格を顕現して、ひつぎのみこ[#「ひつぎのみこ」に傍線]に儲《マ》け備り、ひのみこ[#「ひのみこ」に傍線]に至られることを望む様になるのは、自然の勢ひだが、必しもさうした希望を以て、お育てしてゐるのではなかつた。唯、神を生《オフ》し育てる家々の習俗が、人なるみこ[#「みこ」に傍線]を育《ハグヽ》み申す形を、とる様になつて来たからのことである。さうすることが、古代の民俗《フオクロア》であり、又さうすることによつて、其家の家格を外に示すことになつてゐたのである。時代を経て後、「むこ」として、ゆくりなく一家庭に、貴人の出現を迎へる形が分化して来た。之を迎へて子の如く、子より愛し、更に其穿つた沓《クツ》をとつて懐にするまでの民俗の残つたのも、壬生氏選定の古風が行はれずなつて後、世間の婿取りの普通の形となつてしまつた訣である。之を扶助し、保護して、高名の人たらしめようとした中世以後にも残つた民俗の心理的基礎は、こんな処に窺はれるのである。
謂はゞ其家に、ゆくりなく出現した神の子である。其を生《オフ》し立てゝ、其神の生ひ立つまゝに発現する霊威を、世に光被させようとする。唯其だけが、古代の宗教家の持つてゐた情熱の全部であつた。だから、神を携行して、永い旅路を経廻つたのが、日本上古の信仰布教の通常の形となつて居た。其等の宗教家は、多くは団体として移動し、神を斎くことの為による勢力より先に、既に相当な勢威を以て、世間を游行するものであつた訣である。さうして、其当体とする所の神は、其等の神人の手で育成せられて、次第に霊威を発揮した尊い神であるが、時には、まだ幼くて、神人の保護から離れることの出来ぬ未完成の神であることもあつた程だ。
此が上古神人の家に殆共通だつたと思はれる伝承だが、其に並行して生じた伝説を、歴史と信じて、古代の氏々は、守つて居たのである。歴史としてばかりでなく、氏々未来への光明でもあつた。だから、かうした形で、家々へ出現する所の尊い現実を仰ぎ待つて居たのである。さうした宗教歴史の並行して行はれる様になつた最大の条件は、氏々の家が皆、神人の大きなものであつたといふことである。
壬生の氏々は、神人家で神を育んだ旧伝承を、新しい民俗として現実生活の上に実現した。さうして、神の子と感じるに最適した、最貴の家庭のみこ[#「みこ」に傍線]を迎へて、はぐゝみ育てた。
此形のまゝに進んで行つたとしたら、みこ[#「みこ」に傍線]のひつぎのみこ[#「ひつぎのみこ」に傍線]となり、ひのみこ[#「ひのみこ」に傍線]となられるに従うて、壬生として奉仕した氏の長上は、天子を輔佐する位置まで行つたであらうが、民俗と歴史とは、――その現実が、信仰に背信《コロビ》を打つたやうに、明らかに豹変した形を示してゐる。
時代毎に替るはずの壬生氏が、一々政権の首班或は其に近い位置に居るといふことがなくなつて、政柄をとる家筋は、大体に固定する傾きを見せて来た。
併し其にも繋らず、常に執柄者が、ひのみこ[#「ひのみこ」に傍線]にとつた行き方は、一つ姿を持つてゐるのであつた。其は、我々が想像してゐる形ではなかつた。どの時代を見ても、布教者が若き神をはぐゝみ申したのと、同じ態度をとつて居る。津田左右吉さんが、「世界」第三号で、こゝの疑問を提出してゐられた。尤な話である。家庭における主人と、家おとな――うしろ見――との間柄、即、古い、幼神《ヲサナガミ》と布教者との関係を延長した民俗が、宮廷にも見られるのである。だから、朝権の薄らいだ世には、執柄家が、ひのみこ[#「ひのみこ」に傍線]の御《ミ》名において、恣《ほしいまま》に事を行うたことも、あたまから歴史的意義のないこととは出来ないのであつた。朝政摂行の時代とも言ふべき平安時代を通じて見ても、かの古代家庭民俗を隔てゝ見ると、なる程と肯かれることが多い。
だから思ふ。藤原氏が天児屋命の後と称して居た理由も、大いに肯けるのだ。かうした形の更に古いものが、産霊《ムスビ》信仰なのだから、此信仰の分岐した姿の、産霊神を以て先祖とする考へは、幼神と布教者との関係よりも、もつと根本的なものに、還すことになると信じたのであらう。
この日本古代宗教の基礎観念が、又日本の文学以前からの、大きな一つの主題として、文学を成立させてゐる。さうして文学以後にも、大いに其を誘導する運命的なものになつて居るのである。私の文学史は、此事から、はじめるのである。

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