、延喜式に於いて、かうした所属の別々なものを、一様に祝詞としてゐるのも無理はないが、同時に祝詞其物の歴史から言へば、非常に新しいものと云はねばならない。
扨、かうした祝詞が、次第に其一部を唱へることになり、其が、全体を唱へるのと同一の効果を持つもの、と見做され出して来た。中臣祓の、長くも短くも用ゐられる様なものだ。其は寿詞に於いては諺を生じ、叙事詩に於いては歌を生じて来たのと、同じ理由である。
九 諺及び歌
(一)俗諺曰、筑波峰之会[#(ニ)]、不[#レ]得[#二]娉財[#一]者、児女不[#レ]為矣。(常陸風土記)
(二)風俗諺曰、筑波岳[#(ニ)]黒雲|挂衣袖漬国《カキテコロモデヒヅチノクニ》是矣。(同じく)
斎部祝詞並びに、稀に、中臣祝詞に於いて、天つ祝詞と称するものは、祝詞を口誦する間に、挿入せられて来たものである。其部分にかゝる時には、一種の呪術を行ふことになつてゐたものらしい。だから、非常に神秘な結果を齎す詞として、人に洩らすことが禁じられて居た。本道の意味に於いては、天つ祝詞ではなく、所謂諺と称すべきものであらうと思ふ。其が後には、祝詞を称へなくても、其部分を
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