にも、今日は廿五日の尻たくり、といつて、此形をする。元来は、人間のふんどし[#「ふんどし」に傍線]も、馬のふもだし[#「ふもだし」に傍線]も同一任務のもので、或霊力を発散させぬやうに、制御しておくものである。そして、物忌みの期間が済むと、取り避けるものである。事実朝廷の行事に見ても、物忌みの後、湯殿の中で、天の羽衣をとり外して、そこで神格を得て自由になられ、性欲も解放されて、女に触れても、穢れではない様になられる。
先にもいうたが、大湯坐・若湯坐などが、御子を育てゝ行く間に、湯の中で、若い御子の着物をとりさけて、まづ其御子に触れられるのは、若湯坐である。大湯坐は、前述の如く、御子の父君につかへる。
此みづのをひも[#「みづのをひも」に傍線]を解くと同時に、ほんとうの神格になる。そして、第一に媾《あ》はれるのが、此紐をといた女である。さうして、其人が后になるのである。だが此事は、もう奈良の頃は忘れられて了ひ、此行事以後、御子を育てる所の、乳母の役になつた。さうして、若い乳母即、子守りである人が、お育て申した方の妻となる。其証拠は、うがやふきあへずの[#「うがやふきあへずの」に傍線]尊が、
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